聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 悠人が、申し出は嬉しいのだと笑顔を見せた。友達付き合いを始めて、出かけた先で親子だと間違われた時は嬉しかったそうだ。本当の親だったらいいのにと思ったことも話してくれた。久田氏との折り合いが悪いままなら、すぐに話を受けたかもしれない。今は違うから躊躇うと、正直に話してくれた。

「さあ、食べよう」
「はーーい……」

 やっと箸を動かし始めた。手のひらの傷が治っている。かさぶたが付いている程度だ。右の方が広くて心配した。心ここにあらずなのか、味噌汁のわかめが落ちた。声をかけると慌てるから止めておこう。すると、自分で気がついた。そして、布きんでテーブルを拭いた後、皿をひっくり返しそうになった。

「あああ……」
「大丈夫だ。慌てるな。座っておけ」
「島川さんも同じなんだよ。慌てている時に声を掛けられると、新しい失敗をするんだって」
「そうか。社長だから人目が多いはずだ。気にするだろう」

 どういうわけか、穏やかな気持ちでいられた。あれほど腹を立てていた相手なのに。友人になりたいと笑った顔は偽りではないだろう。あの時の少年の姿を、もう一度見たい。

「圭一さんも同じ気持ちだ。魅力的な子だよ」
「なにそれー?」
「あああ……」
「どこの子だよー?」

 今の発言には誤解要素が詰まっている。悠人からの視線が痛い。我儘を言うようになり、強気で出てくるようになった。まるで出会った当時のようだ。あの時が一番、自然体だったとは思わなかった。俺に気を遣って、本音を出していなかったのだろう。結婚指輪をしているし、大きな波を乗り越えてきたつもりだ。その結果なのか?悠人が自然体でいられるのが一番だ。

「島川さんの少年の顔が見たいという話だ。圭一さんもそう話していた。兄貴だし」
「言い訳がましいよー。どこの少年?」
「島川少年だ。あの人には子供のような部分がある。そうだ。夏樹君が気にしているぞ。君のことを……」
「ああ、そうなんだよー。裕理さんがキスをされた話をしたら、平謝りされたんだ。島川さんの代わりにだって。俺とは面会謝絶だし……」

 そろそろ島川との関係を元に戻したいと思えてきた。島川は黒崎家では打ち解けた様子だ。少しずつの改善だと黒崎が言っていた。夏樹の協力もあり、島川自身の表情が変わったそうだ。悠人へ連絡を寄越すことなく、約束を守っている。

「満たされているのか……。このまま……」
「どんな満たされ方ー?」
「もう……」
「メエメエ!」

 言い逃れが出来ない。考えていることを暴露すると、大きく頷いていた。よく出来ました、嘘はいけませんと言われた。まるで母のようだ。

 そこで、遠藤さんの話になった。養子縁組の件で会って話したいと言われたそうだ。久田氏と一緒に訪ねるか、先に悠人だけにするか。悠人からは、先がいいと返ってきた。今日なら都合がいい。

「夕方はどうだ?午後から休める。送っていく」
「そうするよ。……そうだ。夏樹が熱を出したんだ。お父さんの家で寝るんだって」
「プリンを買って帰る。圭一さんに預けて……、いや、お手伝いさんに渡そう。……悠人、無理に母に合わせなくてもいいんだぞ?ランチに誘われたからって」
「行きたいよ。また今度にすると、足が遠のくよー?」
「そうだった。俺が言ったことだ」

 そうだろと、悠人が笑った。付き合う前に俺が言った言葉だ。今日、母と悠人がランチに行く。母からの初めての誘いだ。俺に連絡をしてきて、そう口にした時、緊張気味にしていたようだ。俺にも遠慮があるのは仕方がない。こっちも同じだ。少しずつ近づいていければいい。ランチの帰りに迎えに行き、遠藤社長宅へ訪ねることにした。

「今日はどのランチがあるだろうなあ?」
「へへへ。肉系にするよーー」

 悠人が緊張気味なのは、あれこれと心配しているからだ。俺の気持ちを考えているのだろう。大丈夫だぞと声掛けを繰り返すと、照れくさそうに笑っていた。しっかりするよと言いながら。
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