聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 17時。

 ついさっき早瀬が帰って来た。時間調整で予定が空いたからだ。俺のことを心配してだろう。ありがとうと伝えた。

 着替えてくると言うから、寝室までついて行った。最近の俺の行動のひとつだ。べたべたと後ろをついて回るという、子供っぽいものだ。早瀬は嫌がるどころか、喜んでいるぐらいだ。やっとこの日が訪れたのかと言っている。

「ツンデレもいいけど。遠慮して、近寄っても来なかった。恋人時代は。結婚してからは違ったけど」
「だって。忙しいだろ?付きまわると遅くなるし。何でもぱっぱとやるから」
「それなら段取りを変える。ほーら、ついて来い」

 クローゼットの前へ移動して、早瀬がシャツを脱ぎ始めた。ベッドに腰かけて待っていると、おいでと言われた。5月になり暑くなったから、早瀬からは汗の匂いがする。冬でも汗ばんでいる時があった。オフィスが温かいからだ。

「汗くさいから来なかったのか?」
「ううん。シャワーを浴びたいだろ?脱いでよー。シャツを持って行くから」
「悠人」

 意味深に笑われた。そして、裸のままで来て、抱き寄せられた。さらにキスをされた後、ベッドに押し倒された。こんなことをしている時間はない。羽音さんから電話が来るのに。IKUへ打ち合わせに来ていて、電話を掛けてくれる。

「もう……」
「メエメエさん。もっと、もっと、もっと」
「言ってないからー」
「あれから抱いていないからな。妄想している」
「もう……。言い返したくもないよ」

 さらに汗の匂いがした。体温が上がり甘いムードに変化した。押し倒されたままで、今後の報告を受けた。明日の午前中に黒崎家へ訪ねて行く。晴海お兄さんが先導をきって、仲直りに協力してくれるそうだ。今晩、島川さんと電話で話す約束もした。向こうがOKしてくれた。

「そうなんだ。よかった……」
「はいはい。沢山の仕事をした人に褒美をくれ。”裕理さん愛してる”」

 躊躇ったのは一瞬だ。すがりついて伝えた。すると、自分の方から言い出したくせに、俺が素直に言ったことに驚いていた。

 リビングへ行くと、待ち焦がれた電話が入った。マネージャーさん話した後、羽音さんが出てくれた。2度も仕事で話しているのに、急に昔を思い出した。姿が見えないからだろうか?当時と同じ話し方だと思った。

「……もしもし。悠人君。久しぶりだね。時矢から聞いて、元気にしているのは分かっているけど。共演した時、あの時の悠人君だとは思わなかったよ」
「ありがとうございます……」
「実家へ戻ることが出来なくてね。歌手になることを反対されたから」

 だから姿を見かけなかったのか。都内へ進学したとはいえ、何度か帰ってくるだろう。歌を聴きに行くだけで、あまり話していなかった。どんどん昔話が出てきた後、誰かと喧嘩をしたのかと聞かれた。そこで、島川さんの話をした。羽音さんは相づちを打ちながら聞いてくれた。

「悠人君は気の弱い子だったと思う。俺も同じだ。でも、正義感が強くて、頼りになると思っていたよ。今は20歳には見えないぐらいだ」
「ありがとうございます」

 信じられない思いで聞いている。周りの人からは、勇気づけるために褒められていると受け取っている。半分ぐらいは本当のことだと。それも羽音さんは知っていた。君はすごいよと語られた。

 電話の声に安心して、まるで当時のような気分になった。歌を聴いた後で、弾んだ気持ちで家に帰った日のようだ。連絡先を伝え合い、次の収録で一緒になることを知った。電話が終わった後、早瀬から抱きしめられた。いい思い出があったじゃないかと。

 寂しいことばかりかと思えば、そうではないことが分かった。だったら島川さんも同じだろう。これからいい思い出を作れば、懐かしいと思える。俺たちと大喧嘩したと笑い飛ばす気がする。

 今からそうしよう。スマホの島川さんの連絡先を開いた。早瀬からは止められない。いいかな?と聞くと、いいよと頷かれた。君の方からする方が喜ぶのだと。

 さっそく電話をかけると、すぐに出てくれた。ごめんなさい。言い過ぎたと謝った。すると向こうも謝って来た。これでおしまい。明日会おうねと約束した。

「おやすみ。また明日ね!連絡するよ!」
「よくできました」

 早瀬から出会った頃に教わったキーワードだ。誰から教わったのかと聞くと、実母だと返事が返ってきた。これだけは覚えているそうだ。色んな事を教わったはずだが、小さい時だから忘れたと言っている。

 どんな人にも使えて、相手が喜ぶ。仕事でも役立っているよと笑っていた。教えてくれてありがとうと、抱きついてお礼を伝えた。
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