聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 車から降りると、木々の匂いが鼻をくすぐった。青みがかった花が増えているから、夏に近づいているのか。

 アガパンサス、ジニア、アヤメ。ポーチュラカ。花壇のそばには札が立ててある。お客さんが見て分かるようにと。しかし、夏樹が書いた物だから、字が個性的過ぎて読めないだろう。

「夏樹の字だよ。上手にならなかったんだって。習字と硬筆に通ったけど、保育園児だった夏樹が、”俺の字はオリジナルだ”って言って、直そうとしなかったって聞いたよー」
「夏樹君らしいなぁ。テストの答案で困りそうだ」
「高校までは先生が大変だったそうだよ」
「本人がじゃないのか?」
「”先生なのに分からないの?”って、素直に悪気もなく言ったんだそうだよ。ブレないなー。ふむふむ……」

 そんな夏樹が今回のことで堪えている。少しは良くなるだろうか?晴海お兄さんの笑顔を見て安心できた。あの人なら救えると思った。話したことがないのに直感で分かった。

「上手くいきそうだよ。見る目はあるんだ。裕理さんは知っている人だよね?」
「もちろん。ご本人が仰っていた。常に兄弟と比べられて育った。大人になっても苦しい時を過ごした。黒崎製菓グループの中で立てるようにと」

 玄関の小道を通って行くと、島川さんの姿を見つけた。一瞬だけ身体が緊張したが、すぐに解けた。わいわいがやがや作業している光景だからだ。

「夏樹君が庭に出ているぞ。ははは、仲直りしたじゃないか」
「あれー?心配することなかったー?」

 夏樹が土の袋を持ってヨロけた。それを島川さんが支えて、笑い合っている。晴海さんが顔を赤くして、二人へ怒っている。どうしたのかな?それを笑いながら、黒崎さんが出てきた。
 
 彩り豊かな花壇のそばから、夏樹たちへ手を振った。彼らがやっているのは、ヒマワリの苗の植え付けだった。みんなの笑顔が花のようだ。

 夏樹のそばへ行くと、背中の痛みが消えたと言った。俺も同じだ。不思議と唇の違和感が消えた。

 さっきは晴海お兄さんが夏樹からイジられて怒っていたらしい。晴海お兄さんのお説教が終わった後、早瀬から島川さんへと促された。先に手土産を渡せばいいのか?いや失礼だろうか。言葉もなく戸惑っていると、島川さんも同じようにしていた。ここは年下として、子供っぽく振舞おう。

「島川さん。ごめんなさい。言い過ぎたよ」
「悠人君、僕の方こそ。今日はありがとう」

 思い切り抱きつくと、受け止めてくれた。見上げると少年の顔をしていた。9歳当時の姿だそうだ。どの島川さんでも好きだ。社長と少年の二つの姿があるのが本人だ。いつか融合する可能性があるそうだが、ごく自然ならOKだと思う。本人が望む形がいい。

「裕理さんも大好きだって。ね?あああ……」
「島川さん、やめろって」
「裕理君、ごめんね!友達になってよ」
「げえええっ。ちっとも反省していないよー」

 早瀬がキスをされそうになった。俺という存在がいるのに。しかし、また嫌いになりそうだと思ったのは一瞬だ。早瀬が唇を死守して、逃げ出したからだ。

 晴海お兄さんは我関せずといったところだ。夏樹と黒崎さんが、遠藤さん家へ向かった。お父さんが気にして不在にしたそうだ。今、遠藤さんの家にいるそうだ。迎えに行っている。
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