聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 朝ごはんを食べ終えた後、早瀬が後片付けをやってくれた。すでに習慣だから落ち着かないと言い、キッチンへ行った。それを笑われている。いいじゃないかと言い返した。

「甘えっ子だな。ベッドでもそうしろ」
「キッチンへ来ただけだろー。習慣だから落ち着かないからだよ」

 そばの椅子に座って作業を眺めた。思い浮かぶのは、今日来てくれる人のことだ。早瀬家と遠藤家の、俺の両親になる人達だ。

 先週、みんなで話し合いをした。細かい約束事を決めて、書面にすることになった。俺たちは問題なくても、親戚や対外的なトラブルがあるだろう。それに備えてのことだ。20歳なら本人の意思で養子縁組が出来るが、人の家の息子になるのは、ハードルが高いのだと知った。

 過保護なのは早瀬だけではなく、玲子さんにも当てはまる。照れくさいながらも世話を焼かれている。母の日には、玲子さんのリクエストである、白いカーネーションをプレゼントした。海外では、亡くなった母親に贈るという意味合いがあるという。玲子さんにも思い出があるだろう。リクエストを聞いた時には、理由を尋ねなかった。早瀬と莉奈ちゃんは元気だ。気になっていると、どうしたのかと声をかけられた。

「あのね……。玲子さんがリクエストした理由のことだよ。白いカーネーション。今日のステージで Far from heaven をやるから、気になったんだ」

 ”Far from heaven.天国から遠く離れて”は、4月20日、夏樹の誕生日に発売した。天国から遠く離れていてほしいという願いをこめた。去年の3月に心停止を起こして、AEDで命を取り留めた。あれから一年経ち、ステージに立っている。要は願掛けだ。夏樹には内緒にしている。

「隠すことはない。今から話すよ。母には伏せてくれ」
「うん。もちろんだよ」
「静久から、毎年プレゼントされていた。俺は交流がなかったけどね。佐久弥もプレゼントしてくれていた。小さい頃に可愛がってもらった以上、不義理なことはできないと言った。静久と実母は、雰囲気が似ているんだ。会った時に驚いたそうだ」

 玲子さんは妹である、早瀬の実母のことを可愛がっていた。お父さんから教えてもらった話だ。この家を嫌って出て行った時、様子を見に行ったそうだ。早瀬のお父さんが友達に頼んで、勤務先のクラブへ通ってもらった。直接訪ねて行かないのが、早瀬家で育ったゆえのことだ。勘当した以上、動けないという。

 体調はどうか。食べているのか?と。妊娠した時は連れ戻そうとした。それが大きな溝を生んだそうだ。気持ちのすれ違いだ。

「この家には白い花が植えられていた。佐久弥と静久が訪ねて行く日に花屋に寄ったら、静久が ”この花が好きそうだ” と言ったんだ。その結果、そういう意味合いのカーネーションだった。……母は喜んでいる。今となっては贈り主が故人だ。晴海さんたちのお母さんの話と似ている」
「教えてくれてありがとう。心を込めて演奏するよ。静久さんが作曲したやつだもん。喜んでもらえるよね……」

 ステージではキーボードで演奏する予定だったが、グランドピアノに変更した。この家にはピアノが置いてあり、玲子さんが連日教えに来てくれた。4日間の練習を積んで形になった。

 急に元気が出てきた。最後の仕上げで練習するよと、8810号室向かいの ”015室”へ行った。玲子さんの名前から取った名称だ。住人を待っている。

 6月9日に遠藤さん夫妻と早瀬家の両親との縁組みをすることになり、”早瀬悠人”になることが決まった。部屋番号と同じだ。早瀬と悠人を合わせての、8810号室だ。どこかの魔法使いがやった悪戯かな?

 この日の二年前に、黒崎家で畑づくりをした。遠藤さんと出会い、みんなの前で自分が作曲したものをピアノ演奏で披露した。夏樹が歌詞をつけてくれた。早瀬と恋人同士としての夜を過ごした。何もかにもが初めての日で、俺にとってはスタートの日だった。だからこの日にしてもらった。

 練習を始めたところで、早瀬という観客が入って来た。そして、悪戯した魔法使いへと、親愛なる旋律を奏でた。
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