聖なる雫の音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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21-4(早瀬視点)

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 20時半。

 ステージが順調に進んでいる。楽しむというより、心配でたまらない。たまにギターのリズムのずれがあり、ご愛嬌レベルではあるが、本人が気にするに決まっている。

 本番に弱くて、何とか頑張っているのが分かる。久弥には知られているはずだ。一番は俺に決まっている。どんなことでも知っているし、分かっている。

 隣には黒崎、反対側には母が座っている。観客はスタンディング状態だが、関係者スペースにいる分、そうできない事情がある。カメラが入り、映り込みの邪魔になるからだ。スポンサー企業同士としてのやり取りもある。

「圭一さん。夏樹君が別人だね。本番に強い。かっこいいよ」
「上手くなった。続けさせたいが……」
「悠人としては、健康第一だと言っている。最後まで出来ないかもしれないって」
「さすがはメンバーだ。よく知っている……」

 関係者から歓声があがった。もちろん観客全体もだ。それだけ素晴らしいステージだ。夏樹の歌声に悠人の旋律が乗せられて、華やかさが増した。自然と涙がこぼれた。夢のような光景だ。あの日に出会ったキミが大きな存在に変わり、俺の手から離れて行こうとしている。

 戻ってくるだろうか?
 飛んで行くのを引き止めておきたい。

「ゆうとー!かっこいいぞー!」
「悠人君!素敵よー!」

 母が立ち上って声援を送った。何かの見間違いかと疑ったが、目の前の現実だった。この日のためにスニーカーを用意して、履き慣らしていた。スタンディング、ジャンプ、腕の振り上げをしたいからだという。ヴィジブルレイのライブDVDを見て、作法を学んだそうだ。

 --キミには降参するよ。かないっこない。

 観客から腕が振り上げられて、ホール内が揺れる感覚が起きた。

 あっという間にラストを迎えて、夏樹がマイクの前に立った。息が乱れているが、苦しそうにはしてない。悠人が左側に立って笑っている。

「ラストは……Far from heaven.天国から遠く離れてを聴いて下さい。作曲は……、4月20日の発売の……、そうです、俺の誕生日です……。長生きするようにと祈念して……。笑う部分じゃないよ~」

 歓声と拍手が起きた。背後にはグランドピアノがある。悠人が練習の成果を披露する。きちんとお辞儀をして座った。母の教えの通りだ。

 母が付きっきりで吐きそうになるほど練習して、ぶっ倒れていた。そのガッツが、俺に影響を与えた。来年からの黒崎製菓の新体制には、専務取締役として入っている。黒崎が副社長だ。数年後にはグループ内で分かれることになるが、R&W社との強い繋がりに一役買える。

「裕理。悠人君が弾くのか?」
「そうだよ。猛練習していた」

 歓声が落ち着いた頃、ステージ照明が変化した。真っ白なライトが悠人たちを差した。そばにいる佐久弥には当たっていない。裏方としての仕事へシフトする意味を表している。

 自分がこの岸へ引き上げた二人が、5年後には大物として成長すると見ている。今まで培ってきた成果が分かるはずだと言っていた。親愛なる雫としてステージに上げ、来年からの活動へ繋いでいく。久弥。感謝している。

「お母さん……」
「どうしたの?」
「俺のことを育ててくれてありがとう」
「裕理……」
「グリーンの瞳を綺麗だと言ってくれた。初めて会った時に」
「本当のことよ。機嫌を取ったわけじゃ……」

 白い雫がステージに広がった。グランドピアノが低音から高音へ流れるように進み、ギターの音色が絡み合った。そして、夏樹がそれを解くように、結ぶように力強く歌声をあげていく。繊細でも美しいのでもなく、強い歌声だ。これが生まれ変わった姿なのか。

 悠人は静かなイメージでピアノを奏でている。この子の本質だ。黒崎家の森のような庭で、寝転がって星を眺めていた。それを見た夏樹があだ名をつけていた。眠れる森の星空少年、と。

「 far from heaven.……誰が間違っているのか、正しいのかは……重要なの……」

 あなたが心の傷跡にいることが嫌いだ、と。最後の一音が吸い込まれるようにして消えた後、悠人が前に出てきた。教わった通りのお辞儀をした後、ヒマワリのような笑顔を浮かべた。

 悠人の胸もとには親愛なる雫が輝いている。いつまでも見つめていた。
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