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連理の夜
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俺は何を言えばいいのだろう。何を口にすれば、アンリのことを引き留められるのだろう。もはや心が欲しいなどという余裕はなかった。離れないでくれ、帰らないでくれ、そばにいてくれ。ただ近くにいたい。そう願った。そして、俺は言葉を飲んだ。アンリは静かに俺のことを見つめ続けているからだ。わがままなど言えない。
「僕は帰らなければならない。故郷には、僕を待つ人がいる」
「そうか……」
やはりそうかと思った。俺は諦めなければならないのか。
「でもね、待つ者がいるからといって、心が縛られているわけじゃない」
「それは……、どういう意味だ」
「婚約は、政治だ。血統のためのものだ。愛じゃない」
月光の下、アンリの瞳が銀に染まる。
「地上に降りたとき、僕は観測者だった。感情を持たぬ者として来た。でも、君に出会って、変わった。君が工場で機を見つめる目。兄を慕う姿。僕を見て赤くなる顔」
「やめろ」
「可愛かった」
「やめろと言っている」
顔が熱い。だが目は逸らせない。
「僕は帰るのが怖い」
その言葉は、初めて聞く弱さだった。
「君を置いていくのが怖い」
胸の奥で、何かが弾けた。
「だったら……」
言ってしまえと思った。
「だったら、帰るな」
空気が震えた。アンリは目を細める。
「それは命令か?」
「願いだ。俺は、お前と連理の枝になりたい」
言ってしまった。夜が、静かに息を呑む。アンリは一歩近づき、俺の額に自分の額を重ねた。
「秀悟。それは、重い誓いだ」
「知っている」
「空でも、地でも、一緒だぞ」
「構わない」
震えながらも、目を逸らさなかった。アンリの手が、俺の背に回る。抱きしめられる。いつもの軽い戯れではない、強い腕だった。
「困った子だ」
そう言いながら、声は優しかった。
「僕は帰る。でも、すぐには帰らない。任務を延長する。理由はいくらでも作れる」
「本当か」
「君がいい子でいるなら」
その言葉に涙が出そうになるのを、必死で堪えた。
「秀悟。そんな顔をして、ずるいぞ」
「知っている」
「でも、覚えておけよ。いつか、僕は選ばなければならない」
「何を」
「星か、君か」
月が俺たちを照らした。俺は枝を握りしめた。
「その時は、俺が選ばせない」
「どうやって?」
「お前が帰れないほど、俺を好きにさせる」
一瞬、アンリの目が大きくなる。そして、声を立てて笑った。
「本当に子供だ」
「うるさい」
「でも……」
彼は俺の耳元で囁いた。
「嫌いじゃない」
その夜、初めてアンリは、からかいではなく唇を重ねた。月は静かに見ていた。遠い星の光も、瞬いていた。連理の枝は、まだただの枝のままだ。しかし、掌の中で、確かに温もりを持っていた。
冬は深くなる。雪もきっと積もるだろう。春になれば桜が咲き、また二人で眺める日が訪れる。そして、別れが来るのかもしれない。それでも今は、隣にいる。空でも地でもと誓うには、まだ少し早い。しかし、この夜、二本の枝は、確かに触れ合っていた。
<END>
「僕は帰らなければならない。故郷には、僕を待つ人がいる」
「そうか……」
やはりそうかと思った。俺は諦めなければならないのか。
「でもね、待つ者がいるからといって、心が縛られているわけじゃない」
「それは……、どういう意味だ」
「婚約は、政治だ。血統のためのものだ。愛じゃない」
月光の下、アンリの瞳が銀に染まる。
「地上に降りたとき、僕は観測者だった。感情を持たぬ者として来た。でも、君に出会って、変わった。君が工場で機を見つめる目。兄を慕う姿。僕を見て赤くなる顔」
「やめろ」
「可愛かった」
「やめろと言っている」
顔が熱い。だが目は逸らせない。
「僕は帰るのが怖い」
その言葉は、初めて聞く弱さだった。
「君を置いていくのが怖い」
胸の奥で、何かが弾けた。
「だったら……」
言ってしまえと思った。
「だったら、帰るな」
空気が震えた。アンリは目を細める。
「それは命令か?」
「願いだ。俺は、お前と連理の枝になりたい」
言ってしまった。夜が、静かに息を呑む。アンリは一歩近づき、俺の額に自分の額を重ねた。
「秀悟。それは、重い誓いだ」
「知っている」
「空でも、地でも、一緒だぞ」
「構わない」
震えながらも、目を逸らさなかった。アンリの手が、俺の背に回る。抱きしめられる。いつもの軽い戯れではない、強い腕だった。
「困った子だ」
そう言いながら、声は優しかった。
「僕は帰る。でも、すぐには帰らない。任務を延長する。理由はいくらでも作れる」
「本当か」
「君がいい子でいるなら」
その言葉に涙が出そうになるのを、必死で堪えた。
「秀悟。そんな顔をして、ずるいぞ」
「知っている」
「でも、覚えておけよ。いつか、僕は選ばなければならない」
「何を」
「星か、君か」
月が俺たちを照らした。俺は枝を握りしめた。
「その時は、俺が選ばせない」
「どうやって?」
「お前が帰れないほど、俺を好きにさせる」
一瞬、アンリの目が大きくなる。そして、声を立てて笑った。
「本当に子供だ」
「うるさい」
「でも……」
彼は俺の耳元で囁いた。
「嫌いじゃない」
その夜、初めてアンリは、からかいではなく唇を重ねた。月は静かに見ていた。遠い星の光も、瞬いていた。連理の枝は、まだただの枝のままだ。しかし、掌の中で、確かに温もりを持っていた。
冬は深くなる。雪もきっと積もるだろう。春になれば桜が咲き、また二人で眺める日が訪れる。そして、別れが来るのかもしれない。それでも今は、隣にいる。空でも地でもと誓うには、まだ少し早い。しかし、この夜、二本の枝は、確かに触れ合っていた。
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