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黒崎のことをキッチンへ連れてきた後、カウンターの前に立たせた。彼がキョトンとして、デコレーション前のスポンジケーキを見ている。えらくシンプルなケーキだなと言いながら。
「どうしたんだ?」
「仕上げのデコレーションをやってもらいたいんだ。お義父さんの家の図書室で、こんなものを見つけたんだよ」
ダイニング置いたスケッチブックを持ってきた。表紙と端っこが擦り切れている。下の方には『けいいち』と、手書きの文字がある。
「このスケッチブックは……」
「黒崎さんが小さい時のものだよ。20冊ぐらいあったんだよ。端っこに年齢が書いてあるね?……これは7歳の時だよ」
「懐かしい……。向こうの家には持って行かなかった」
黒崎が懐かしそうにページを開いた。お義父さんの家には、アルバムやスケッチブック、自由研究の作品も保管してある。まるでタイムカプセルのようだった。
最初のページを開くと、黒崎が笑い声を立てた。俺も同じだ。パティシエのような白い格好をした男の子が描かれていたからだ。
「『つくりたいケーキ』。全部のページが、デコレーションのアイデアなんだよ。よっぽど作りたかったんだなって思ったよ。作ったことないよね?」
「クッキーならある。うまく焼けるまで、何度もやった」
「ええ?意外だよーー」
黒崎は子供の頃は甘いものを食べていたそうだ。それでも、お菓子作りまでやっていたとは知らなかった。俺達が引っ越して来て、まるで、黒崎の思い出も、この家に引っ越して来たかのように思えた。
「拓海兄さんから習った。クッキーが上手く焼けるようになった後、ケーキをやる予定だった。入院が多くてたどり着けなかった」
「そうだったんだ……」
さっそく、デコレーションに取り掛かってもらおう。引き出しの中からエプロンを取り出して、黒崎の体に掛けた。
「……このエプロンは着たくない」
「何を言っているんだよ?あんたが買ってきたやつじゃん」
「お前が着るためのものだ。俺は想定外だ」
「ふふん。ウサギエプロンの仲間入りだよ~」
俺が持ってきたのは、ウサギのイラストがプリントされたエプロンだ。黒崎が気に入り、色違いで5着も買ってきた。そんなに使わなくて勿体ないから、友達や会社の人に貰ってもらった。その一つは、早瀬さんの元にある。
「早瀬さんはピンクを着ているんだ。あんたはブルーだからいいだろ?」
「……」
「さあ、始めようよ。子供の頃の夢を叶えようよ」
「ああ」
とうとう観念したのか、ため息をついて笑っていた。そして、生クリームの入った容器を手にして、しぼり器を使い始めた。けっこう手つきが良い。
「器用だねえ?」
「そうか?」
何か図案があるのだろう。生クリームが絞られて、白いキャンバスへと、立体の模様が刻まれていった。レースや花、丸いもの。スケッチブックに描いているかのように、スムーズに進められている。
「わああー、上手だねえ」
「けっこう上手くできた」
「初めてなのにね?」
出来上がったものは、綺麗なデコレーションケーキだ。生クリームだけしか乗っていないのに、なんて華やかだろう?
「イチゴを乗せるか」
「ここはどうかな?」
「こっちがいい」
「ふうん、いいねえ~」
急に始めたというのに、イチゴの位置までセンスがいい。この分だと料理の盛りつけも上手だろう。それを口にすると笑っていた。
「デザートの盛り付けのチェックしていた」
「なるほど~」
「このイチゴだけでいい」
「そう?」
黒崎が出来上がりだと言った。飾り付け用のサンタクロースの砂糖菓子が残っている。お菓子の家もある。ヒイラギの形も。何か一つは使ってほしい。
「黒崎さん。サンタクロースを乗せようよ。せっかく買ったし」
「そうする。ここがいい」
「ええ?」
黒崎の手によって、サンタクロースがケーキの端っこに乗せられようとしている。どうしてここなのか?嫌いなのか?
まさかとは思うが、念のために聞いた。たまにビックリするような発言をするからだ。黒崎のことを見つめると、軽く首を振ったからホッとした。
「黒崎さん。サンタは真ん中にしようよ?」
「それなら使わない」
「サンタクロースに恨みあるのかよ?」
「何も恨みはない」
「よかった~、黒崎さんはたまにさ~、ビックリすることを言うからさ」
サンタが他の皿へと移動されようとしたから、慌てて押しとどめた。袋の封を切ったから使ってもらいたい。
「だめだよ。開封したもん。やっぱりサンタクロースが嫌いなんだろ?どうしてだよ?」
「どうして俺のバースデーケーキに、見ず知らずの人形を乗せる必要があるんだ?」
「『見ず知らず』じゃないよ!」
「会ったことがない」
「夢のないオジサンだねえーっ」
もういい。サンタを取り皿に置いた。後で自分の分に乗せて飾る。
「ふん。ふん」
「冗談だ。機嫌を直せ」
黒崎がサンタをデコレーションの真ん中に乗せた。さっきとは大違いに嬉しそうにしている。俺を泣かせた時のような天邪鬼ぶりが残っている。まさか、7歳当時に戻ったのかな?それならば、神さまからの贈り物なのだろう。ずっと長い間、いい子にしていたご褒美だと思った。
「どうしたんだ?」
「仕上げのデコレーションをやってもらいたいんだ。お義父さんの家の図書室で、こんなものを見つけたんだよ」
ダイニング置いたスケッチブックを持ってきた。表紙と端っこが擦り切れている。下の方には『けいいち』と、手書きの文字がある。
「このスケッチブックは……」
「黒崎さんが小さい時のものだよ。20冊ぐらいあったんだよ。端っこに年齢が書いてあるね?……これは7歳の時だよ」
「懐かしい……。向こうの家には持って行かなかった」
黒崎が懐かしそうにページを開いた。お義父さんの家には、アルバムやスケッチブック、自由研究の作品も保管してある。まるでタイムカプセルのようだった。
最初のページを開くと、黒崎が笑い声を立てた。俺も同じだ。パティシエのような白い格好をした男の子が描かれていたからだ。
「『つくりたいケーキ』。全部のページが、デコレーションのアイデアなんだよ。よっぽど作りたかったんだなって思ったよ。作ったことないよね?」
「クッキーならある。うまく焼けるまで、何度もやった」
「ええ?意外だよーー」
黒崎は子供の頃は甘いものを食べていたそうだ。それでも、お菓子作りまでやっていたとは知らなかった。俺達が引っ越して来て、まるで、黒崎の思い出も、この家に引っ越して来たかのように思えた。
「拓海兄さんから習った。クッキーが上手く焼けるようになった後、ケーキをやる予定だった。入院が多くてたどり着けなかった」
「そうだったんだ……」
さっそく、デコレーションに取り掛かってもらおう。引き出しの中からエプロンを取り出して、黒崎の体に掛けた。
「……このエプロンは着たくない」
「何を言っているんだよ?あんたが買ってきたやつじゃん」
「お前が着るためのものだ。俺は想定外だ」
「ふふん。ウサギエプロンの仲間入りだよ~」
俺が持ってきたのは、ウサギのイラストがプリントされたエプロンだ。黒崎が気に入り、色違いで5着も買ってきた。そんなに使わなくて勿体ないから、友達や会社の人に貰ってもらった。その一つは、早瀬さんの元にある。
「早瀬さんはピンクを着ているんだ。あんたはブルーだからいいだろ?」
「……」
「さあ、始めようよ。子供の頃の夢を叶えようよ」
「ああ」
とうとう観念したのか、ため息をついて笑っていた。そして、生クリームの入った容器を手にして、しぼり器を使い始めた。けっこう手つきが良い。
「器用だねえ?」
「そうか?」
何か図案があるのだろう。生クリームが絞られて、白いキャンバスへと、立体の模様が刻まれていった。レースや花、丸いもの。スケッチブックに描いているかのように、スムーズに進められている。
「わああー、上手だねえ」
「けっこう上手くできた」
「初めてなのにね?」
出来上がったものは、綺麗なデコレーションケーキだ。生クリームだけしか乗っていないのに、なんて華やかだろう?
「イチゴを乗せるか」
「ここはどうかな?」
「こっちがいい」
「ふうん、いいねえ~」
急に始めたというのに、イチゴの位置までセンスがいい。この分だと料理の盛りつけも上手だろう。それを口にすると笑っていた。
「デザートの盛り付けのチェックしていた」
「なるほど~」
「このイチゴだけでいい」
「そう?」
黒崎が出来上がりだと言った。飾り付け用のサンタクロースの砂糖菓子が残っている。お菓子の家もある。ヒイラギの形も。何か一つは使ってほしい。
「黒崎さん。サンタクロースを乗せようよ。せっかく買ったし」
「そうする。ここがいい」
「ええ?」
黒崎の手によって、サンタクロースがケーキの端っこに乗せられようとしている。どうしてここなのか?嫌いなのか?
まさかとは思うが、念のために聞いた。たまにビックリするような発言をするからだ。黒崎のことを見つめると、軽く首を振ったからホッとした。
「黒崎さん。サンタは真ん中にしようよ?」
「それなら使わない」
「サンタクロースに恨みあるのかよ?」
「何も恨みはない」
「よかった~、黒崎さんはたまにさ~、ビックリすることを言うからさ」
サンタが他の皿へと移動されようとしたから、慌てて押しとどめた。袋の封を切ったから使ってもらいたい。
「だめだよ。開封したもん。やっぱりサンタクロースが嫌いなんだろ?どうしてだよ?」
「どうして俺のバースデーケーキに、見ず知らずの人形を乗せる必要があるんだ?」
「『見ず知らず』じゃないよ!」
「会ったことがない」
「夢のないオジサンだねえーっ」
もういい。サンタを取り皿に置いた。後で自分の分に乗せて飾る。
「ふん。ふん」
「冗談だ。機嫌を直せ」
黒崎がサンタをデコレーションの真ん中に乗せた。さっきとは大違いに嬉しそうにしている。俺を泣かせた時のような天邪鬼ぶりが残っている。まさか、7歳当時に戻ったのかな?それならば、神さまからの贈り物なのだろう。ずっと長い間、いい子にしていたご褒美だと思った。
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