夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 ザワザワ……。

 午前中の講義が終了し、お昼ご飯の時間を迎えた。壁沿いの長い机には、お茶やコーヒーが並べられていて、黒崎製菓のお菓子も置いてある。用意されたお弁当を受け取り、参加者達が席で食べている。知り合い同士で集まっている子や、何かを読みながら食べている子もいる。

「美味しそうなだな。おかずの種類が多い。すげーー」
「どこのお弁当だろうね?」

 お箸の袋を見ると、ガストロノミー・ミュールという文字があった。黒崎ホールディングス時代から経営しているレストランだ。まだ一度も行ったことがない。さっそく蓋を開けると、彩り豊かな料理が入っていた。俵型のおむすびが綺麗だ。

「和洋のミックスだな?あっさりめだ」
「けっこうボリュームがあるね~」

 感想を話していると、隣のグループの女の子から声を掛けられた。もちろん知らない子だ。如月に話しかけていたから聞き役になっていると、彼女達から質問が飛んできた。バンドコンテストの動画を持っているという。

「ヴォーカルの子に似ているって思っていたの」
「ありがとう……」

 どう反応していいのか分からない。同じ大学の子は普通に話しかけてくるけれど、彼女達の目はキラキラしているから落ち着かない。まるで、黒崎がここに居るかのようだ。彼なら、こういう目に慣れているだろう。カッコつけても仕方がない。顔が赤くなることも諦めた。これが自分だ。せめて失礼がないようにしようと思った。

 彼女達と話していると、肩越しに見えたグループからの視線に気がついた。男の子が4人いる。机や椅子にもたれ掛かって、こっちを見ていた。いい種類の視線とはいえない。

(3日間一緒にやるんだから、ぶしつけなことはしてこないだろう……)

 もしも言いがかりを付けられたら、ある方法で乗り切ると決めている。喧嘩をせずに、無視もしない方法だ。変な視線を感じながらも、彼女達との会話を続けた。

「黒崎君って、もしかして、この会社の関係者の息子さん?」
「うん、そうだよ」
「やっぱりー?名前が黒崎君だもんね。社員さん達と話しているのを見たから、知り合いなのかなって思っていたの。常務さんって、お兄さんなの?」
「うん、そうだよ」

 本当はパートナーだ。兄弟とも言える。俺が短い答えしか返さないから、だんだんと俺への質問が減っていった。そして、如月が話題の中心に変わった。

 俺達の周りに参加者が集まってきた。全員が同じO大学だという。藤沢が通っている大学だ。すると、視線を向けてきたグループが別の場所に行くのは見えた。こっちが大勢になったからだろう。

 こういう場面に遭遇することに慣れてきた。黒崎と一緒に暮らし始めて黒崎家の養子になったことで、俺の周りには友達以外の人が集まるようになった。いい人も悪い人も両方だ。それを不安に思わないと言えば嘘になるけれど、元から人付き合いが苦手な分、大して苦になっていない。意外なところで役に立っている。

 俺達を囲んでいる参加者達が10人ぐらいになった。それぞれがスマホを取り出して、画像を見せ合っている。でも、連絡先の交換と参加者同士の付き合いは、インターンシップの間は禁止だ。でも、交換しそうになっている。大丈夫なのかと心配になった。参加を取りやめにならないかと思ったからだ。そして、俺達に食事の誘いが持ち上がった。

「よかったら、ご飯を食べに行こうよ。せっかく一緒にやるんだし」
「俺も行くー!」
「そうだ、向こうの店の……」
「それかさー、カラオケの後の……」
「今日の帰りはどう?」
「えー、それだと……」
「いいじゃん」

 勝手に話が進んでいった。今日の帰りにどこへ行く?明日は?そんなやり取りが始まった。しかし、誘いに乗るわけにはいかない。インターンシップに参加する以上、ルールは守らないといけない。些細な事で大きなもめ事に巻き込まれて、結果として身動きができなくなるのだと、黒崎から言い聞かされているからでもある。それが分かる程のことを、黒崎家で暮らし始めて体験した。もちろん、黒崎からは完全に守られている。安全な場所から騒ぎを知ったことが大半だ。
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