夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
108 / 348

9-6

しおりを挟む
 12時半。

 本社ビル一階のシャルロットキッチンにて昼食中だ。早瀬、枝川、桜木との4人だ。深川副社長も合流する予定だ。気の多い枝川が、お気に入り子の話題を出している。夏樹と悠人のことが中心だ。悠人がマーケティング推進部の募集したバイトに参加し、枝川と多く関わった。好きになったと言っている。

「早瀬代理~、悠人君を連れ来てくださいよ」
「もうバイトは募集していない。インターンシップの予定もない」
「ええ?インターンに誘ってくださいよ~」
「音楽活動に重点を置いている。ここにも連れて来ない」
「ああー、こうなれば夏樹君ですね!……今度の短期コースへ、エントリーするんですよね?」
「まだ決めていない。悠人君と同じだ。コンテストが今月末にあるから、そっちを優先している」
「えええ~」

 本当に気が多い奴だ。ただし本人は常識があり、これが冗談だと通用する相手にのみ話している。インターンシップでは夏樹のことを守っていたし、悠人のことも同じだ。

「そろそろ夏樹に連絡する。いいか?ここでも」
「もちろんです」
「はい、静かにしておきます」
「ああ、俺も悠人に……」

 早瀬が笑っている。何か含みがある様子だ。夏樹へ電話をかけた。父の家で昼食中だろう。さっそくビデオ通話で電話をかけると、すぐにつながった。ダイニングで食事中だった。

「黒崎さん。お疲れさまー」
「ああ。今日は何を食べている?」
「これだよ。五目あんかけ焼きそば。お義父さんも同じメニューだよ。山崎さんが作ってくれたんだよ」
「……美味そうだ。味はどうだ?」
「今から食べるよ。待っててね。美味しい~。アッサリしているよ。野菜が多くて、ごま油の香りもいいよ。さすがだなあ」

 夏樹が丼から顔を上げると、口元にあんかけが張り付いていた。細く切ったニンジンだ。その可愛さに、ため息が出た。

「どうしたの?」
「いや、何でもない。お茶が美味かった。口に付いているぞ」
「……うん。どう?取れているかな?」
「ああ、取れているとも」
「この豚肉がね~」
「そうなのか……。作ってほしい」
「うん。いいよ」

 毎回思うことだが、夏樹の仕草には心が蕩けそうになる。帰宅すればいつでも見られるが、届かない距離で焦らされているのは悪くない。帰宅後が楽しみだ。

「黒崎さんは何を食べたの?シャルロットキッチンだよね?」
「サンドイッチとローストチキンのセットにした。スープはミネストローネだ。2号店のメニューを計画中で、よく来ている。……親父と電話をかわるのか?……どうした?」

 夏樹の横から親父が顔を出した。嬉しそうだ。夏樹と食事をする際には、必ず隣に座っている。今日もそうなのかと呆れた。

「……圭一。その2号店計画のことだが。メニュー開発チームを集めているところだろう?」
「……ああ、メンバー選定はこれからだ」
「だいたいの青写真が出来ているだろう。夏樹ちゃんをメンバーへ入れろ」
「インターンシップ生としてか?」
「そのとおりだ。名目はそれだ。前回のインターンで、いい結果を出した子がいただろう?佐伯君と如月君だったはずだ。二人にも声をかけてくれ」
「夏樹は知っているのか?」
「今の話で知ったよ。さっき話をしていたんだよ。黒崎ホールディングス時代のとき、俺、デザートのアイデアを出していただろ?それが印象に残っているんだってさ。ねえ、隆さん?」
「そうだよ。圭一とも話そうと思っていると電話がかかってきた。……どうだろう?やってもらえないか?コンテストが終わってからだ。学業と音楽もあるが、会社へ出向くのはミーティングぐらいで、ほとんど家の中で仕上げる」
「ふうん……」
「そうか……」

 それならやらせてみようと思った。自分の手を離れていくのが寂しくて、次回の業務参加型インターンへの参加をさせたくなかった。しかし、夏樹はやりたがっており、答えを先延ばしにしていた。今回のケースなら丁度いい。2人へ頷くと、夏樹が嬉しそうに笑った。

「……この話は以上だ。……親父、夏樹のことを頼む。あまり長居をさせるなよ」
「分かっている。夏樹ちゃんは人気があるからな。なるべくだ」
「じゃあね。すき焼きを楽しみにしてね~」
「ああ……」

 電話を切った後、早瀬も同様に話を切り上げていた。その横顔は満足そうだ。何か約束を取り付けた様子だ。俺達の会話が聞こえていたのだろう。早瀬の方から質問をされた。

「夏樹君をメニュー開発チームに組み込ませるんだね?」
「そうだ。親父からの推薦だ」
「分かった。段取りしておくよ。また面接があるんだけど、コンテストの前後だった気がする……。この日だよ。OK?」
「その日で頼む。お前が担当するのか?橋本はどうした?」
「出張だよ。俺は統括だからやるよ。とうとうだね……」
「ああ。夏樹を黒崎製菓グループへ入れる方向になる。勤務形態は検討中だ」

 父が夏樹を黒崎製菓で育てようとしているのは、親心からだ。知人へ紹介して縁を深めていき、黒崎製菓グループ内での居場所も作る。もしも俺達に何かが起きて、俺が夏樹のそばに居られなくなった時に備えてのことだ。本当にそれだけなのか?まだ囲い込みたい気持ちが抑えられなくなりそうだった。

 夏樹へラインを送った。メンバー候補としての面接日時と、愛しているという言葉も添えて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?

甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。 だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。 魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。 みたいな話し。 孤独な魔王×孤独な人間 サブCPに人間の王×吸血鬼の従者 11/18.完結しました。 今後、番外編等考えてみようと思います。 こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない

二ッ木ヨウカ
BL
一途な近衛騎士×異世界取り残され転移者 12年前、バハール王国に召喚された形代柚季は「女王の身代わり要員」として半引きこもり生活をしていたが、ある日婚活を始めることに。 「あなたを守りたい」と名乗りを上げてきたのは近衛騎士のベルカント。 だが、近衛騎士は女王を守るための職。恋愛は許されていないし、辞める際にもペナルティがある。 好きだからこそベルカントを選べず、地位目当てのホテル経営者、ランシェとの結婚を柚季は決める。 しかしランシェの本当の狙いは地位ではなく―― 大事だから傷つけたくない。 けれど、好きだから選べない。 「身代わりとなって、誰かの役に立つことが幸せ」そう自分でも信じていたのに。 「生きる」という、柔らかくて甘い絶望を呑み込んで、 一人の引きこもりが「それでもあなたと添い遂げたい」と言えるようになるまで。

処理中です...