夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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9-5(黒崎視点)

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 午前10時。

 20階の役員室で業務を行っている。デスクのそばにたち、営業企画内の課長等や管理職を集めてミーティングをしている。会議室は使わず、座りもしない。この方が早く本題に入れるからだ。

 早瀬部長代理からは、決定事項の進捗状況の確認が行われている。前任者の部長代理とは、ほんの3か月の付き合いだった。当初は代理職を置いていなかったが、役員を兼任していることで、業務を進めるスピードが足りなくなった。その結果、新たに用意したわけだが、相性という問題がある。同じ権限があるため、余計な派閥争いを招きかねない状況になり、幸いにも向こうから嫌ってもらえた。おかげで早瀬をポストへ就かせられた。

「……営業戦術の策定の日程は以上です。営業実績の把握と対策は……、販促ツールの制作についてですが、進行がストップしているようですが。高田課長、この状況はどういうものですか?」
「チーム内の遅延です。申し訳ありません」

 早瀬からの指摘が、次々に出されていく。それを表情を変えずにいられる者、狼狽えている者、苛立っている者が見えている。

(早瀬のことが気に入らないのか。45歳から見れば、31歳に詰められるのは引っかかるだろう。まだ就いたばかりだ……)

 社長の指示をこなす合格の期間は、役員は一日、部長は一週間、課長は一ヵ月だ。こうして時間を決めておけば、社員の時間に対する感覚が変わる。つまり高田課長は管理が出来ていないということだ。チームのフォロー役も機能していない。

「……この案件では」
「……いえ、そちらは進行中で」
「……停まっています」
「……」

 早瀬は立ち回りがうまい。無用な敵を作らない術を身に着けている。しかしこうして部長職に立ち、有能さを見せつけられれば、いやでも嫉妬の目が向けられる。また本人は割り切って進める分だけ、腹を立てる者も出てくる。この場において、それをよしとする者が半数、そうでない者が残りだ。

(今のタイミングで流れを変えようか……)

 2人の会話を遮ることなく、ある提案をした。早瀬も分かっていることだ。口にするタイミングを待っているはずだ。会話が長すぎる。

「早瀬代理、高田課長。提案がありますが、販促ツールメンバーを交代しましょう。白澤を外して平田を入れるように」
「いえ、平田まだ経験が浅く……」
「今回のことで経験が積める。白澤は営業コンテストの実施のほうへ入れるように。以上」
「はい」
「はい」
「……」

 あっさりとメンバー内で合意がされ、次の議題に入った。これでまた”せっかち常務”だと広まるはずだ。早瀬のことは”腹黒代理”と言われて、本人は笑い飛ばすだろう。本当のことだと言いながら。
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