夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 自分もお茶を飲もう。ソファーへ並んで座ってテレビを見ていると、企業や作家、タレントの密着取材の番組をやっていた。短く編集した特集だった。そのキャプチャーの中に、黒崎の姿が映し出された。

「これって密着取材のやつだよね?去年の放送分」
「ああ。やっていたのか」
「知らなかったの?」
「連絡があったかもしれない」
「忙しいもんね。ヒャーー。カッコいい」
「どこがだ?」
「本人に自覚がないもんね……」

 テレビに映っているのは、黒崎製菓に移る前の黒崎だ。合併することの宣伝になるから出た番組だ。いくら紳士的に振舞っていても、強引さと威圧感を隠しきれていない。多少は遠慮してこれかと、大笑いした。

「これで大人しめ。うひゃひゃ」
「強がっていた時期だ……」
「そうやって言えることが強いんだよ。寂しい、疲れた、弱いって。弱くてもいいじゃん。強くなるべきっていう決まりはないよ。あったとしても、人が決めたルールなんだ。人の基準は変化していくから、当てにならないもん」

 黒崎の体にもたれ掛かって画面を見た。すると、社長室の場面に変わり、早瀬さんが映った。まるで別の人に見える。

「あいつも変わった。心の底から笑っている」
「悠人が騒がしいもんね。それだけじゃないけど」
「悠人君の気を引くために、いつも何か考えている。ガキだぞ」
「あんたも気を引いてよ。ふん……」
「気を引く必要がない」
「なんで?」
「俺の方に追い込む。責任を取るからいいだろう」
「はあああ?成長してないじゃんっ」

 呆れて気力が失せた。そして、ぐいっとお茶を飲んだ結果、気管に入ってしまった。今は優しくしろというバチが当たったのだろうか。

「げほっ、ごほっ、ごほー」
「ああ、こうしろ」
「うっうっ、げほっ、はああ……」
「夏樹。帰って来たぞ。ねぎらってくれ」
「分かっているよ。痛いってば」
「じっとしていろ。これでいい」

 急に抱き寄せられて、両腕に包み込まれた。何か話したいのだろう。自分の方から声をかける前に、黒崎が絵本に気がついた。あのまま借りて持ってきた。

「てぶくろを買いにか……」
「図書室の奥の方にあったよ。読んでいたんだろ?これで2冊目だね。あんたの書斎にも置いてあるから」
「小さい頃に読んでいた。……どうして店に母親が付き添わないかと腹が立っていた。今なら少しは理解できる」
「どんなこと?」
「自分と同じようになって欲しくなかったんだろう。……あの人が泣いたから、弱い人だと言った。半分は間違いだ。……この家でどんな仕打ちを受けたのか、こっちが聞き出すまで話そうとしなかった。父親が悪い人間だと、俺に植えつけることができたはずだ。自分の味方にするために。そうしなかった。……今から電話で謝る」
「寝ているかもしれないよ?明日の朝にしたらいいよ。今日はゆっくりしてね」
「眠れていないだろう。少しはマシだ」

 黒崎がママに電話をかけた。すぐに出たのは、誰かからの連絡を待っていたからだろう。それが黒崎ならいいのにと思って口にした。しかし、多分違うだろうと、黒崎が呟いた。そして、軽く息を吐き、ママへ伝えていた。

 さっきは悪かった。怒りを抑えきれずに口にした。一緒に頑張ろう。俺に任せろと。

 電話を切った後、黒崎がやっと穏やかな顔になった。ママも同じならいいのに。黒崎は一人ではない。だから大丈夫だよ。今は言葉に出さずに抱きしめた。よく頑張ったねと言いながら。
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