夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 18時半。

 我が家に帰って来た。リビングのソファーで寝転がっているのは、レストランで食べ過ぎたからだ。お茶が飲みたいのに動けないから、黒崎が用意してくれている。スムーズに淹れることは出来ないだろう。期待せずに寝転がっていると、キッチンから物音が聞こえてきた。

 ガタン……。ガチャ。カチャン!

「黒崎さーん?どうしたのー?」
「……大したことはない」
「うそだ~」
「……寝ていろ」

 物音が鳴り続けている。重い体を起こして、よろよろとキッチンへ入った。そして、そこで見た光景に悲鳴をあげた。

「ギャーーーッ」

 キッチンの床には、細かいタイプの茶葉がまき散らされていた。その上をアンが歩いたから被害が広がった。アンは毛深いから、足元の毛に茶葉が入り込んでいるだろう。

「無理をするな。寝ておけ」
「片づけをしたいよ~」
「明日にしろ」
「ふうん?自分で片づけるとは言わないんだね?」
「守れない約束はしない」
「黒崎さーん。嘘も方便だよ。この世には優しい嘘も存在するんだよ?」
「どこかの女たらしみたいなセリフだな」
「何それ?」
「もう十年以上前のことだ。ジャーナリストの男がほざいていた。二股をかけた結果の修羅場だった」
「他人事に思えなかったんだろ?」
「泣かすぞ……」
「やめてよーー。付き添ったんだよ?」

 これから黒崎が晩御飯を食べる。フレンドリーラブリーという、最寄り駅の近くのテイクアウト専門店の料理だ。サンドイッチ、から揚げセット、山盛りのサラダ、具沢山のスープだ。テーブルの上に並べているだけで胸やけがした。

「ソファーで寝ておけ。さすがに片づけは出来る」
「嘘も方便?」
「容器をごみ箱に捨てるぐらいは出来る」
「ふうん。種類で分別が必要だよ?知ってる?」
「ああ。知識だけはある」
「ブレない人だね……」
「褒め言葉だ。今日はありがとう」
「いいんだよー。よかった」

 黒崎が椅子に座ったから、背後から抱きついた。温かい体にすがりついていると、安心する匂いがした。

「そうだ。二葉ちゃんはこっちで大学受験するよね?親友の子が都内の大学に入っているって言っていたし」
「ああ。入り直させる。こっちでも友人を作らせたい」
「黒崎製菓でも働くよね?」
「今の考えだが、深川さんの秘書の一人にさせる。俺と同じく学業と両立させる」
「俺は違う方法だよね。どうして?」
「タイプが違うからだ。お前は開発力型だ。裕理は管理力型だ。桜木君は調整役ができる。俺と二葉は営業型だ。あえて分けるならだ。それぞれにいい面がある。揃っているだろう?」
「うん……」

 こんな会話をしたのは初めだ。一人前だと認められたのかな。静かに感動していると、静かに腰回りを揉まれて撫でられた。せっかく見直したのに。イヤらしい動きをやめてもらいたい。

「黒崎さんっ。ケツを撫でるなよ~」
「パートナーだぞ。健全なことだ。痴漢にはならない」
「そうだけどさ~」
「一緒に風呂に入らないか?」
「ふん……」
「夏樹……」
「いいよ……」

 誘いかけて来た微笑みが優しかった。バスムームでは、優しく労わるようにして体を洗ってくれた。そして、エスカレートした手に変なことをされ始めたから、今夜はゆっくりしろと叱って、手の甲を叩いてやった。
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