夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 藤沢はモデル活動がメインになる。もちろん音楽は好きだし続けていく。趣味ぐらいの気持ちでやっていると言っていたのに、短い期間で演奏技術がついた。しかし、これからはモデル活動に集中すると言い切った。

 聡太郎はどうなのだろう?その答えは、黒崎製菓への入社というものだった。インターンシップ生の採用枠があり、聡太郎の仕事の成果が認められた結果だ。俺としては納得が出来ない。あれ程の演奏技術があるのに諦めるのか?

「……夏樹君。黒崎製菓の仕事が楽しいからだよ。バンドと同じだ。個人の力を磨きながら、協力してひとつの楽曲を仕上げるんだ。ステージを観客に披露することと同じだ。その仕事がしたい。その部署に配属されるとは限らないけどね」
「でも、聡太郎君は華があるのに……」
「俺はサイドギターを担当している。“目立つ係”をやるのも好きだけど、一番落ち着くのは、“縁の下の力持ち”だ。黒崎製菓でもそうしたい。この外見がPR活動に役立つかも。俺、怖いって言われて、一発で覚えられるからね。そうだよね?ソータは目立つだろ?」
「うん……。ソータ君……」
「はいはい。ソータだよ。悠人君がまた泣きそうだね。こっちにおいでよー」
「俺は平気です。ひっく、桜木さん……っ」

 この件は伊吹と話し合ったそうだ。聡太郎に音楽を続けて欲しいが、本人の意志を大事にした。俺の方から何も言ってはいけない。応援しよう。視界がボヤけてきた。悠人も泣いているから、まるでステージが終わったかのような雰囲気だ。まだこれからなのに。

 黒崎は聡太郎の肩を叩いて、黒崎製菓を選んでくれてありがとうと言っていた。早瀬さんが並川さんに寄り添うように話しかけている。俺と悠人は藤沢にすがりついて、わあわあ泣いた。

「ふたりともー。どこかに連れ込もうか?」
「変わっていないね……」
「夏樹のことが好きだから。悠人君のこともね」
「わわわっ、ひっく。離れろーー。男たらしマンが襲ってくるぞ!」
「そうだねーー、ひっく……」
「えー?もっと抱きついていいのにー」

 藤沢はブレない子だ。でも、さすがに今は涙ぐんでいた。俺達は今年で20歳になる。10代最後になるコンテスト出場が、仲間との分岐点になるとは思わなかった。へこたれてはいられない。

「泣くのは終わってからにしようよ。今から出来るのは、ステージを披露することだよ」
「へへへ……、ひっく」
「泣くなよ~」
「おーい、夏樹まで泣くなよ」

 藤沢から励まされた時に、部屋に置かれているモニターから音声が流れ始めた。これは2つあり、一つはステージを観客席から映したもの、もうひとつは、ステージ前方からものだ。

「リハが始まったぞ。準備しておこう」
「はーい!」
「りょーかい」

 8組目が俺たちのバンドだ。控え室も順番通りになっているため、通路からは呼び出しの声が聞こえ始めた。ガヤガヤという話し声も。17歳の子がドラムとして参加しているそうだ。全く緊張していないから凄いと、あちこちから聞こえて来た。それだけ場数をふんでいるわけだ。

 黒崎がティッシュで涙を拭いてくれた。ついでに水を取ってくれた。

「今のうちに休んでおけ」
「うん。ありがとう」
「この水を飲め」
「黒崎さん……。優しいね。うっうっ」
「ステージで泣かれたくない。明日はデートだ。楽しいことが待っているぞ?」
「うん。クルクル回ってよ~」
「……ここでか?」
「うん。お願い」
「……だめだ」
「うっうっ」

 さすがにしてくれなくて諦めていると、黒崎が耳元で呟いた。ステージが終わった後、帰るまでにクルクル回ってやると。

「ええ?」
「できない約束はしない。いいな?」
「黒崎さん……」
「このステージだけ頑張れ。その他にも我儘を聞いてやる」
「どんな事でもいいの?」
「3つまでだ。クルクル回るのはオプションだ」
「ヒャーーーーッ」
「……やっぱり気が変わった」
「約束しただろーー」
「……うるさい」
「うっうっ」

 黒崎にすがりついて約束を取り付けた。キスをねだると、下唇を引っ張られてしまった。優しい行動だと思った。すると、悠人が早瀬さんから話しかけられて、涙ぐんで頷いている。

(周りの人のことを大事にする君のことが大好きだ。でも……、もっと大事な人のことを忘れているぞ。悠人君っていう子だ。肝心の自分を忘れてどうする。そういう君も大好きだ、か……)

 大事な話をしている。俺達は気づかないふりをしよう。俺の方からも黒崎に意地悪を仕掛けてバタバタやり、本当に喧嘩になってしまった。
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