夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 午前11時。

 黒崎の運転する車でドライブして、ある人気スポットへ到着した。それはもう、大人の雰囲気を満喫できるものだ。パンダやクマの着ぐるみが通り過ぎて行き、さらにムード満点だ。どこからか、鳥の鳴き声が聞こえてきた。穏やかな日差しの下を、アシカのコーナーへ向かっている。ここは動物園だ。

 クエクエクエーー。

 キーキー。

 どこからか、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

「黒崎さーん、大人のデートだねえ……」
「お前に合わせたデートだ。アシカのおやつを買え」
「おおー、小さいアジだよ」

 エサの自動販売機に100円玉を2枚入れると、パックに乗せられたアジが2匹出てきた。ピカピカに掃除された取り出し口を開けると、新鮮な魚の匂いがした。その尻尾をつまんで眺めた。

「この魚、きれいだよ。ここのスタッフさんは目利きだね」
「……本当だな。いいものだ」
「そろそろ焼き魚を食べたいよ。お昼ご飯、和食にしようよ」
「そう思って予約しておいた。遅めでいいだろう?」
「うん。まだ大丈夫だよ」

 魚のパックを持ち、アシカのコーナーへ行った。大きなプールでは数匹が泳いでいる。岸に上がった一頭が、こっちを見ていた。子供たちに混ざって魚を投げると、上手にキャッチしてくれた。

「黒崎さーん。口に入ったよ」
「上手いもんだ。ああやって食うのか」
「ねー。ちゃんと方向を変えているよ。ああー。鳥が飛んできたよ。野生のサギだってさ~。食べているよ」

 飛んできた鳥が魚を食べた。アシカたちは怒っていない。まったりした子だと思って笑ってしまった。

 子供が大笑いをしている方向を見ると、柵のギリギリまでアシカがジャンプをしていた。まるで手を振っているようだと、女の子が言っていた。泳いでいるところを眺めていると、黒崎から肩を引かれた。

「ペンギンが散歩をしているぞ」
「飼育員さんと一緒だね。一列に並んでいるよ。迷子にならないんだねー。悠人みたいに、地図アプリを持って歩いていたら、怖いものがあるよね」
「人のことは言えないだろう。悠人君から聞いたぞ。地下鉄の出入り口の鳩を目印にしたそうだな?」
「うん。みんなそっくりだから分からなくなったけど……」
「飛んでいくだろうが」
「なんだよ~っ。都会は慣れていないんだよ~」
「バカヤロウ」

 肩を揺らして笑いながら、手を引いてきた。言い合いをやめて、次はどこへ行こうかと話し合った結果、サバンナエリアに行くことにした。そこならもっと暖かそうだ。

 サル山の前を通り過ぎて目的地へ歩いていると、天気が良いから暑くなってきた。コートを脱ぐと寒そうで、どうしようかと迷った。すると、黒崎がジューススタンドへ歩いて行った。店員さんへ声を掛けている。

「喉が乾いただろう?」
「アイスコーヒーがいい。暑くなったから」
「頼んだところだ」
「黒崎さん……」

 何も言わないのに伝わっていた。そばにあるベンチに座って、腰かけてアイス珈琲を飲んだ。ここからは、サル山が見えている。たまに着ぐるみが通り過ぎて行き、お客さんと一緒に写真を撮っている。パンフレットを読んでいると、着ぐるみのクマから男の人が出てきた。ここで脱ぐのは珍しい。

「どうしたんだろうね?」
「痒いと言っているぞ」
「よく聞こえるねえ?」
「耳がいいからだ。……理久君だ。バイトか」
「ええ?ちがうだろー?」
「いや、本人だ」

 立ち上がって近寄ると、たしかに理久だった。背中を掻いている。何か入ったのだろうか?

「理久君。どうしたんだよ?」
「ああ、黒崎君!こんにちは!今日と明日だけのバイトなんだ。虫が入っていたんだ。かゆいーー」
「ここー?プチッて出来ているよ」
「はあー。おさまった。スタッフルームに戻るよ。……そうだ!南エリアでイベントがあるから、観ていかない?月夜のレンジャーのショーだよ。戦隊モノだけど」
「へえー、せっかくだから観ていくよ。黒崎さん、いいだろ?」
「かまわない。どんどん大人のデートになった」
「ふふん。ムード満点だよね。うん、またね~」
「またねーー」

 理久が着ぐるみを被って、奥の建物へ入って行った。悠人が好きな戦隊シリーズだ。動画を撮って見せよう。近いうちに観に行くと話していたが、内容が変われば楽しめるだろう。
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