夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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 輪っかの中心へ声をかけると、マーケティング推進室の人だった。俺たちとは顔見知りだから、お久しぶりですと挨拶をかわした後、手伝いますと声をかけた。

「安西さんが帰ってくるまで手伝いますよ」
「いやいや、常務に怒られるから!」
「そんなことで怒りませんよ~。まだ来ていないし」
「そうかー。お願いするよ。平田が探しに行っているから戻って来るからね」
「はい。よいしょっと!」

 大して重くないだろう。紐を持った手に力を込めて引き上げた。しかし、そうは上手くいかなかった。僅かに持ち上がっただけで、それ以上は無理だった。こんなに重いのかとビックリした。そんな俺のことを見て、メンバーズに気を遣われた。

「夏樹君。無理はしないでね!」
「いえいえ、これぐらいっ。ふんーー……」
「なつきー。手伝うよ。えい!……わわわっ」

 俺が紐を持ち、悠人が輪っかを直接持った。お互いに力がないから、すぐに足元がヨロけてしまった。ここで立ち去るのは恥ずかしい。それは悠人も同じであり、お互いに真っ赤な顔をして持ち上げた。さらに全員で掛け声をあげた。

「せーーのーー」
「トリャーー!……ひいいいいっ」

 気合を入れて持ち上げた瞬間、ふっと重みが消えた。その反動で視界がグラついた後、バランスを崩して尻もちをついた。悠人が力の行き場を無くしてしまい、その勢いで後ろへ転がっていった。この現象は、黒崎が原因だと分かった。いつの間に来ていたのだろう?何も声をかけることなく、馬鹿力で持ち上げたわけだ。

「おい。大丈夫か?」
「黒崎さーん。いきなり持つなよ~っ」

 みんながヨロけている。木馬3人が輪っかへ体を突っ込んでいる。その輪っかの中心は飾りつけに支えられて、何とか踏ん張っている状況だ。小さな悲鳴まで上げている。

「……重そうだから手伝っただけだ」
「あんたは馬鹿力なんだよ~。片手で持って全員が転ぶんだよー?」
「……はいはい。みんな、すまなかった」
「いえ、大丈夫です……いてて」
「よいしょっと……」

 黒崎がそれぞれを助け起こしている間、悠人のことを迎えに行った。1メートル先のオブジェの下で寝転がっている。どこか打ったのかと心配になった。悠人の体を揺すって抱き起した。頬を赤くして俯いたから、背中がヒヤッとした。

「ゆうとー。どこか痛む?」
「平気だよー……」
「黒崎さんに気を遣わなくてもいいよ。救護コーナーへ行こうね」
「……どうしたんだ?」

 黒崎が慌てている。悠人の様子を見てオロオロし始めた。頭を打ったのかと抱き上げようとすると、本人が首を振った。

「平気ですーー」
「本当に痛くないのか?」
「自分だけここまで転がったから、恥ずかしかったんです……」

 悠人が視線を巡らせて立ち上った。黒崎が謝ると、悠人が謝り返した。悪いのは黒崎なのに。黒崎のことをメリーゴーランドの向こうへ連れて行って、耳たぶを引っ張ってやった。さすがにギャラリーの前では叱れない。すると、俺たちを見て、悠人が仲裁に入ってきた。

「喧嘩しないでよ!みんな大丈夫だから」
「言い聞かせておくんだ」
「すまなかった。反省している」
「周りから見られているよ?」

 ギャラリーからの注目を浴びていた。おまけにクスクスと笑われている。お互いにきまりが悪くなり、適度な距離を保つようにして離れた。そして、黒崎が運営本部へ向かった。いい子にしろと言いながら。
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