220 / 348
18-4
しおりを挟む
12時半。
ホテルの3階にあるレストランに着いた。ほぼ満席だ。パーク内はにぎやかだったのに、店内に入ると急に静かに感じた。お客さんは大人ばかりで、落ち着いた雰囲気だ。通された席は大きな窓のそばで、パーク内を見渡すことができた。食事を楽しみながら、外の景色を眺めて笑い合っているカップルがいる。
「いいなあ。こういうのって……」
「料理がきたぞ。ボリュームが多いか?」
「食べられるよ。わあ~、ありがとう。美味しそうだね」
黒崎は肉料理をメインでオーダーした。俺は魚料理がメインだ。黒崎としては足りないから、追加オーダーをした。歩き回るから控えめにしても、軽く2人前を食べている。ここが個室なら、俺の分も食べているところだ。
「このマグロも、前菜の鯛も美味しいよ~」
「今日は無理をしなくていい。よく食うようになったじゃないか」
「学食でも意識して食べているんだよ。半分ぐらいは、悠人に食べてもらっているけど」
「いい子だ」
「うん……」
テ―ブル越しに向けられた眼差しが優しい。落ち着いた声のトーンや話し方は普段通りなのに、今日の黒崎は雰囲気が違う。甘くて優しい。ベッドに居る時のようだ。カジュアルな格好をしていても、ダラッとした感じはない。ポロシャツから見えている首筋からは、大人の色気が漂っている。見惚れていると、黒崎からも見つめられた。一気に顔が熱くなった。まるで付き合いたての恋人同士だ。
「そんなに見るなよ」
「いけないのか?今日のシャツが似合っている。その色味を選んで正解だった。お前には大人びているかとも思ったが……」
「着やすいから気に入ったよ。ありがとう」
「そのブランドが似合うようになったか」
黒崎がため息をついて笑った。テーブル越しに伸びてきた手が前髪をかき上げた。そして、そっと左側の傷跡に触れられた。まだ3センチほど傷が残っているけれど、前髪で隠れるぐらいだ。
黒崎が悲しそうな顔になった。傷のことだろうか?倒れたことだろうか?それとも両方か?しんみりした顔をすると、心配をかけるだろう。
「服でクローゼットが満杯だよ。俺が買ってきた服が入らないんだよ~」
「……似たようなデザインを集めるからだ。トラの顔Tシャツは何枚あるんだ?」
「全部で10枚だよ。浅草パーカーが3枚。観光地バンダナは10枚。オールシーズン対応だから、年間でみると枚数は多くないよ」
どれも評判がよくて、大学ではカッコいいと褒められている。黒崎には笑われているが、やめる気はない。誰もやっていない格好だし、気軽に買えるもので個性を出すのは良いことだと思う。
「自分のファッションをやめる気はないよ。あんたは気に入らなくてもね」
「そういうところが……」
「可愛げがないって~?」
「そう意味じゃない。媚びないところだ」
「ふん。言い訳しても遅いよ」
頑固なのはお互いさまだ。少しぐらい変だと言われたぐらいで、やめる必要はない。かしこまった場所では服装を変えているし、今のところ困っていない。黒崎からは見つめられたままだ。さっきまでの悲しそうなものではなくて、笑っているから安心できた。どうも照れくさいから、視線を落としてパスタを口に運んだ。さっぱりしたソースが気に入って顔をあげた。
「黒崎さん。このパスタソースが……」
「照れているのか?出会ったばかりの頃のようだ」
「な、何を言ってんだよ~っ」
「可愛らしさは同じだ」
こういう甘い会話はベッドでしかしていない。起きている時は生活感丸出しで、ムードの欠片もない。黒崎の方こそ戻っている気がする。細めた目元からの色気を感じてしまった。
「黒崎さん……」
「どうした?」
「目を逸らしてよ~」
「だめだ。このままだ」
「パスタを食べたいんだよ~」
「食えばいい。俺は見ているだけで何もしてない」
「誘惑してるじゃん……」
「20歳おめでとう。大人同士として向かい合っている」
「変な冗談をやめろよ~」
顔が熱くなりすぎて肌が渇いてきた。テーブルに置いてあるオシボリを顔に当てた。さらに魔力に抵抗するために顔を覆うと、優しく名前を呼ばれた。
「……夏樹君」
「やめてよ~っ」
「君に嫌われたくない。そんなこと言わないでくれ」
「黒崎さんっ」
「……夏樹。こっちを向いてくれ」
テーブルの上で手を握られた。現在の黒崎なのに、やっていることは昔の仕草だ。左手の甲に唇で触れながら、俺の方を見た。
「俺は変わっていない」
「うん……」
「今日のような日は許してくれ」
もう限界だ。クラクラするような甘い眼差しに降参してしまった。降参したところで何かあるわけではない。見入られて動けない状態で、テーブル越しに囁かれた。そして、その内容を聞いた結果、我に返ることができた。しばらく口を聞きたくない。
ホテルの3階にあるレストランに着いた。ほぼ満席だ。パーク内はにぎやかだったのに、店内に入ると急に静かに感じた。お客さんは大人ばかりで、落ち着いた雰囲気だ。通された席は大きな窓のそばで、パーク内を見渡すことができた。食事を楽しみながら、外の景色を眺めて笑い合っているカップルがいる。
「いいなあ。こういうのって……」
「料理がきたぞ。ボリュームが多いか?」
「食べられるよ。わあ~、ありがとう。美味しそうだね」
黒崎は肉料理をメインでオーダーした。俺は魚料理がメインだ。黒崎としては足りないから、追加オーダーをした。歩き回るから控えめにしても、軽く2人前を食べている。ここが個室なら、俺の分も食べているところだ。
「このマグロも、前菜の鯛も美味しいよ~」
「今日は無理をしなくていい。よく食うようになったじゃないか」
「学食でも意識して食べているんだよ。半分ぐらいは、悠人に食べてもらっているけど」
「いい子だ」
「うん……」
テ―ブル越しに向けられた眼差しが優しい。落ち着いた声のトーンや話し方は普段通りなのに、今日の黒崎は雰囲気が違う。甘くて優しい。ベッドに居る時のようだ。カジュアルな格好をしていても、ダラッとした感じはない。ポロシャツから見えている首筋からは、大人の色気が漂っている。見惚れていると、黒崎からも見つめられた。一気に顔が熱くなった。まるで付き合いたての恋人同士だ。
「そんなに見るなよ」
「いけないのか?今日のシャツが似合っている。その色味を選んで正解だった。お前には大人びているかとも思ったが……」
「着やすいから気に入ったよ。ありがとう」
「そのブランドが似合うようになったか」
黒崎がため息をついて笑った。テーブル越しに伸びてきた手が前髪をかき上げた。そして、そっと左側の傷跡に触れられた。まだ3センチほど傷が残っているけれど、前髪で隠れるぐらいだ。
黒崎が悲しそうな顔になった。傷のことだろうか?倒れたことだろうか?それとも両方か?しんみりした顔をすると、心配をかけるだろう。
「服でクローゼットが満杯だよ。俺が買ってきた服が入らないんだよ~」
「……似たようなデザインを集めるからだ。トラの顔Tシャツは何枚あるんだ?」
「全部で10枚だよ。浅草パーカーが3枚。観光地バンダナは10枚。オールシーズン対応だから、年間でみると枚数は多くないよ」
どれも評判がよくて、大学ではカッコいいと褒められている。黒崎には笑われているが、やめる気はない。誰もやっていない格好だし、気軽に買えるもので個性を出すのは良いことだと思う。
「自分のファッションをやめる気はないよ。あんたは気に入らなくてもね」
「そういうところが……」
「可愛げがないって~?」
「そう意味じゃない。媚びないところだ」
「ふん。言い訳しても遅いよ」
頑固なのはお互いさまだ。少しぐらい変だと言われたぐらいで、やめる必要はない。かしこまった場所では服装を変えているし、今のところ困っていない。黒崎からは見つめられたままだ。さっきまでの悲しそうなものではなくて、笑っているから安心できた。どうも照れくさいから、視線を落としてパスタを口に運んだ。さっぱりしたソースが気に入って顔をあげた。
「黒崎さん。このパスタソースが……」
「照れているのか?出会ったばかりの頃のようだ」
「な、何を言ってんだよ~っ」
「可愛らしさは同じだ」
こういう甘い会話はベッドでしかしていない。起きている時は生活感丸出しで、ムードの欠片もない。黒崎の方こそ戻っている気がする。細めた目元からの色気を感じてしまった。
「黒崎さん……」
「どうした?」
「目を逸らしてよ~」
「だめだ。このままだ」
「パスタを食べたいんだよ~」
「食えばいい。俺は見ているだけで何もしてない」
「誘惑してるじゃん……」
「20歳おめでとう。大人同士として向かい合っている」
「変な冗談をやめろよ~」
顔が熱くなりすぎて肌が渇いてきた。テーブルに置いてあるオシボリを顔に当てた。さらに魔力に抵抗するために顔を覆うと、優しく名前を呼ばれた。
「……夏樹君」
「やめてよ~っ」
「君に嫌われたくない。そんなこと言わないでくれ」
「黒崎さんっ」
「……夏樹。こっちを向いてくれ」
テーブルの上で手を握られた。現在の黒崎なのに、やっていることは昔の仕草だ。左手の甲に唇で触れながら、俺の方を見た。
「俺は変わっていない」
「うん……」
「今日のような日は許してくれ」
もう限界だ。クラクラするような甘い眼差しに降参してしまった。降参したところで何かあるわけではない。見入られて動けない状態で、テーブル越しに囁かれた。そして、その内容を聞いた結果、我に返ることができた。しばらく口を聞きたくない。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?
甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。
だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。
魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。
みたいな話し。
孤独な魔王×孤独な人間
サブCPに人間の王×吸血鬼の従者
11/18.完結しました。
今後、番外編等考えてみようと思います。
こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
取り残された隠者様は近衛騎士とは結婚しない
二ッ木ヨウカ
BL
一途な近衛騎士×異世界取り残され転移者
12年前、バハール王国に召喚された形代柚季は「女王の身代わり要員」として半引きこもり生活をしていたが、ある日婚活を始めることに。
「あなたを守りたい」と名乗りを上げてきたのは近衛騎士のベルカント。
だが、近衛騎士は女王を守るための職。恋愛は許されていないし、辞める際にもペナルティがある。
好きだからこそベルカントを選べず、地位目当てのホテル経営者、ランシェとの結婚を柚季は決める。
しかしランシェの本当の狙いは地位ではなく――
大事だから傷つけたくない。
けれど、好きだから選べない。
「身代わりとなって、誰かの役に立つことが幸せ」そう自分でも信じていたのに。
「生きる」という、柔らかくて甘い絶望を呑み込んで、
一人の引きこもりが「それでもあなたと添い遂げたい」と言えるようになるまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる