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31-4(黒崎視点)
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17時半。
コンサートホールに到着した。すでに客席席が埋まっている状態だ。招待客は500人と聞いた。これならバンドコンテストで経験した人数より少ない。夏樹達からすればやりすいだろう。しかし、夏樹は実力がないからだと沈んでいた。
「……開演15分間前より……非常口は前方、後方の……スマートフォンなどでの動画撮影はご遠慮ください……IKUエンタテイメントより、ご案内申し上げます……」
用意された席は前方の通路側だ。関係者専用のスペースであり、スポンサー企業の社員が集まっている。夏樹の両親、伊吹、万理、朝陽が話している。理久が早瀬と並んで立っていた。早瀬に二葉を紹介する。後ろを振り返り、二葉に声を掛けた。
「……二葉、早瀬に紹介する、こっちだ」
「……はい!」
二葉が緊張した様子で後ろをついてきた。そして、早瀬が二葉に声をかけた。借りたネコの状態だねと、早瀬が笑いかけたことで、はい!と元気よく返事をしていた。
「……年相応じゃないか」
吹き出しつつ様子を見ていると、背後から声を掛けられた。千尋製菓グループの専務取締役である早瀬孝則氏だった。早瀬の父親だ。深川副社長の友人でもある。俺も父も長年世話になっている人だ。
早瀬には詳しい話をするのを避けている。本人から進んで持ちかけられるまでは。早瀬の実母は不誠実な男と出会った。いつか早瀬から責められるのを覚悟の上で、未婚で早瀬のことを産んだ。誰に寄りかかることもなく、たった一人で育てた。ホステスとして働いている時に父と知り合い、父が相談役になった。そして、彼女が亡くなった。
実母は病気を煩った。義兄の孝則氏に会い、自分の死後は、裕理を養子として迎えてもらいたいと、頭を下げたと聞いている。早瀬家の両親も手元で育てたがっていた。誰も彼のことを放らなかった。捨てるわけがない。それを本人に話したい。
(裕理の瞳のカラーは父親譲りの緑色だ。それをコンプレックスに思っている。未婚で生まれたことも恥だと。望まれて生まれてきたはずだ……)
だからこそ、二葉の教師役に選んだ。その話をしないだろうが、通じ合うものがあるはずだ。心休まることもあるだろう。悠人がそばにいるからだ。
自分は優しい言葉をかけられない。人頼みだ。夏樹は俺のことで精いっぱいだ。自分としては、誰かに何を頼むことができた。やっとこの年で。
孝則氏が微笑んだ。本当に早瀬家の中で発言力の弱い人だろうか。千尋製菓では反対だ。多くの社員から慕われている人だ。それを脅威に感じた義兄である社長が、孝則氏をグループの中心に入ることを妨害した。グループの成長よりも、自分の見栄と劣等感が刺激されない道を選んだわけだ。それを、孝則氏は耐えた。他の企業から誘いを受けたこともある。早瀬家を出られる。それでもだ。社員や上層部は見抜いている。
「こんばんは。お世話になっております」
「こんばんは。今日はおめでとう。朝からいい天気だった。縁起がいいじゃないか。夏樹君との結婚記念日だと聞いたよ」
「ええ。よくご存知で……」
「裕理から聞いた。そろそろ着席しよう」
二葉のことが心配で視線を向けると、しっかりと受け答えが出来ていた。孝則氏には二葉のことを紹介してある。母親のモデルスクールの件で会う機会があった。孝則氏は早瀬と同様に優しい人だ。ほんの数分の会話で、近況を報告し合った。そこへ早瀬がそばにきて、孝則氏の背中を叩いた。
「お父さん。こういう場で仕事の話をするな」
「お前に相手にされないからだぞ」
「今から相手にする。倉口さん、お兄さんの隣に座りなさい」
「はい!」
早瀬から気を遣われた。二葉が隣に腰かけた後、朝陽に声をかけていた。うるさそうな返事をされて腹を立てている。そして、彼女の隣に理久が座った。お互いに囁き合って笑っている姿を見て安心できた。
今日会った理久の顔立ちが変化していた。迷いのない目をしていた。夏樹も悠人も成長した。自分はどうだろうか?生まれ変わっただろうか?
ステージの照明が落たことで、胸の鼓動が高鳴った。あの着物を羽織った夏樹が舞う姿を観たい。
今度は佐久弥の代わりに血を流す。そして、重い着物を脱ぎ捨てて、白い檻を蹴り倒す。人のために使う渾身の力を出すことで。
コンサートホールに到着した。すでに客席席が埋まっている状態だ。招待客は500人と聞いた。これならバンドコンテストで経験した人数より少ない。夏樹達からすればやりすいだろう。しかし、夏樹は実力がないからだと沈んでいた。
「……開演15分間前より……非常口は前方、後方の……スマートフォンなどでの動画撮影はご遠慮ください……IKUエンタテイメントより、ご案内申し上げます……」
用意された席は前方の通路側だ。関係者専用のスペースであり、スポンサー企業の社員が集まっている。夏樹の両親、伊吹、万理、朝陽が話している。理久が早瀬と並んで立っていた。早瀬に二葉を紹介する。後ろを振り返り、二葉に声を掛けた。
「……二葉、早瀬に紹介する、こっちだ」
「……はい!」
二葉が緊張した様子で後ろをついてきた。そして、早瀬が二葉に声をかけた。借りたネコの状態だねと、早瀬が笑いかけたことで、はい!と元気よく返事をしていた。
「……年相応じゃないか」
吹き出しつつ様子を見ていると、背後から声を掛けられた。千尋製菓グループの専務取締役である早瀬孝則氏だった。早瀬の父親だ。深川副社長の友人でもある。俺も父も長年世話になっている人だ。
早瀬には詳しい話をするのを避けている。本人から進んで持ちかけられるまでは。早瀬の実母は不誠実な男と出会った。いつか早瀬から責められるのを覚悟の上で、未婚で早瀬のことを産んだ。誰に寄りかかることもなく、たった一人で育てた。ホステスとして働いている時に父と知り合い、父が相談役になった。そして、彼女が亡くなった。
実母は病気を煩った。義兄の孝則氏に会い、自分の死後は、裕理を養子として迎えてもらいたいと、頭を下げたと聞いている。早瀬家の両親も手元で育てたがっていた。誰も彼のことを放らなかった。捨てるわけがない。それを本人に話したい。
(裕理の瞳のカラーは父親譲りの緑色だ。それをコンプレックスに思っている。未婚で生まれたことも恥だと。望まれて生まれてきたはずだ……)
だからこそ、二葉の教師役に選んだ。その話をしないだろうが、通じ合うものがあるはずだ。心休まることもあるだろう。悠人がそばにいるからだ。
自分は優しい言葉をかけられない。人頼みだ。夏樹は俺のことで精いっぱいだ。自分としては、誰かに何を頼むことができた。やっとこの年で。
孝則氏が微笑んだ。本当に早瀬家の中で発言力の弱い人だろうか。千尋製菓では反対だ。多くの社員から慕われている人だ。それを脅威に感じた義兄である社長が、孝則氏をグループの中心に入ることを妨害した。グループの成長よりも、自分の見栄と劣等感が刺激されない道を選んだわけだ。それを、孝則氏は耐えた。他の企業から誘いを受けたこともある。早瀬家を出られる。それでもだ。社員や上層部は見抜いている。
「こんばんは。お世話になっております」
「こんばんは。今日はおめでとう。朝からいい天気だった。縁起がいいじゃないか。夏樹君との結婚記念日だと聞いたよ」
「ええ。よくご存知で……」
「裕理から聞いた。そろそろ着席しよう」
二葉のことが心配で視線を向けると、しっかりと受け答えが出来ていた。孝則氏には二葉のことを紹介してある。母親のモデルスクールの件で会う機会があった。孝則氏は早瀬と同様に優しい人だ。ほんの数分の会話で、近況を報告し合った。そこへ早瀬がそばにきて、孝則氏の背中を叩いた。
「お父さん。こういう場で仕事の話をするな」
「お前に相手にされないからだぞ」
「今から相手にする。倉口さん、お兄さんの隣に座りなさい」
「はい!」
早瀬から気を遣われた。二葉が隣に腰かけた後、朝陽に声をかけていた。うるさそうな返事をされて腹を立てている。そして、彼女の隣に理久が座った。お互いに囁き合って笑っている姿を見て安心できた。
今日会った理久の顔立ちが変化していた。迷いのない目をしていた。夏樹も悠人も成長した。自分はどうだろうか?生まれ変わっただろうか?
ステージの照明が落たことで、胸の鼓動が高鳴った。あの着物を羽織った夏樹が舞う姿を観たい。
今度は佐久弥の代わりに血を流す。そして、重い着物を脱ぎ捨てて、白い檻を蹴り倒す。人のために使う渾身の力を出すことで。
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