20 / 164
4-4
しおりを挟む
黒崎から手を引かれて、薔薇のアーチになっている通路を通り抜けた。目の前に広がったのは、薔薇が咲き誇る大きな庭だった。辺りは花の香りで満たされ、土や葉の匂いが風に舞っている。
季節は八月だというのに、植物に囲まれたこの場所は涼しい。奥まで進んで行った後、立ち止まった。
辺りには人の気配がなく、山盛りになった薔薇から囲まれた。とても綺麗な場所だ。しかし、それらを眺める心の余裕がない。黒崎からの言葉が怖いからだ。
「何を考えていたのか言ってみろ」
「黒崎さん……」
「早く言え。……二度言わせるな」
「何を……」
それは命令形だった。優しい口調ではない。楽しい時間を壊してしまうことが怖くて、本当のことが言えない。躊躇っていると、追い討ちをかけられた。いつも優しく接されている分だけ、突き刺さるような言葉が、居づらくなるような空気を生み出した。俺は今思っていることを正直に話そうと思った。
「いつか俺の前から居なくなると思って、悲しくなった……」
「居なくならない。それだけじゃないはずだ」
「俺みたいなガキより、大人の女性の方が似合うって思ったよ」
「何が言いたいのか分かった。俺には女が寄ってくるから、自分は必要ないって思ったのか?」
「うん……」
どうしてここまで知っているのだろう。話す前から胸の内を聞かれているような気がした。これが大人と子供の違いなのだろうか。俺と黒崎 重なり交わる部分は少ないと思う。何でも出来てしまう黒崎からすると、自分は取るに足りない子供ではないかと思った。
「自信がないよ。あんたみたいに、何でも出来ないから。ちっとも釣り合わない。最近になって思い始めたんだ。あ……」
きっと怒られるだろうと思っていたのに、優しく抱き寄せられた。この場所は温かく迎え入れてくれる。いつまでも自分だけの居場所であってほしい。温かい体にもたれ掛かっていると、黒崎が囁きかけてきた。
「どうして信じられないんだ?お前のことになると、子供じみた真似をするのは分かっているだろう?意志が強いわりには、自信を無くしている。その考え方を今すぐやめろ。必要ない」
今度は頭を撫でられた。心地よさに身を任せて、ここがどこかも忘れてしまいそうになった。そして、沈黙したまま時間が経ち、心が落ち着いた頃、抱きしめられたままの姿勢で見上げた。
「どうして俺のことが好きなわけ?まだガキだよ?いた……っ」
言い終わらないうちに、頬をつまみ上げられた。痛みを残して指が離れた後、乱暴に抱き寄せられた。
「お前が必要だからだ。お前が決めることじゃない」
「本当に強引だね……」
ここまで言われると笑うしかない。まるで、川に落ちた俺の襟を掴んで引き上げられたかのようだ。すると、黒崎が不満そうに眉を寄せた。
「まだ分かっていないな。言い返してくるわりには、肝心なことを言わずに自己完結させるのは、お前の悪い癖だ。女性達との付き合いをやめたのは、お前と出会った直後だ。お前だけを愛している。これからも心配ないが、少しは妬いてもらいたい。それでも、自信は無くしてほしくない。……俺はお前のことで願掛けしたくて禁欲していた。それだけ愛されていると思ってくれ」
「威張って言うなよ。嫌がらせをしてきたくせに。キスをしてきただろー」
「近づきたかったからだ。お前と付き合いたいから、俺も願掛けしたことがあると思ってくれ。分かったか?」
黒崎が俺のことを笑わそうとする優しさに触れて、胸が痛くなった。だから、抱きしめられている腕の中から離れる気にはなれなくなり、俺も抱きしめ返した。すると、黒崎が笑った。
「おかげで願いが叶った。振り回されている身になってみろ。逃げ出したくなるぐらいに嫉妬しろ。お前は写真が苦手だったな。俺だけには写真を撮らせてくれ」
「大事にされているから、嫉妬をしたくても出来ないよ」
「今は大事にされてるだと?これから先もだ。余計な事は考えずに、今すぐ妬け。そこの薔薇にでも。……俺が喜ぶと分かっていて、この庭へ来たがっていただろう。可愛くて仕方がないから、今からすることは我慢しろ」
ゆっくりと押し倒された。後ろ向きに倒れ込み、咲き乱れる花たちに囲まれた。花を踏まないようにと、咄嗟に手をついて体制を整えた。そして、覆いかぶさって来た体を押しのけることが出来なかった。
「黒崎さん。ちょっと……」
「山盛りの花で、他からは見えない。確認済みだ」
「ええ?」
「静かにしておけ……」
スマホのレンズを向けられて、写真を撮られた。連射モードの音が鳴っていた。俺は突然の出来事すぎて抵抗できず、ぽかんとして、数秒間の沈黙を守った。
季節は八月だというのに、植物に囲まれたこの場所は涼しい。奥まで進んで行った後、立ち止まった。
辺りには人の気配がなく、山盛りになった薔薇から囲まれた。とても綺麗な場所だ。しかし、それらを眺める心の余裕がない。黒崎からの言葉が怖いからだ。
「何を考えていたのか言ってみろ」
「黒崎さん……」
「早く言え。……二度言わせるな」
「何を……」
それは命令形だった。優しい口調ではない。楽しい時間を壊してしまうことが怖くて、本当のことが言えない。躊躇っていると、追い討ちをかけられた。いつも優しく接されている分だけ、突き刺さるような言葉が、居づらくなるような空気を生み出した。俺は今思っていることを正直に話そうと思った。
「いつか俺の前から居なくなると思って、悲しくなった……」
「居なくならない。それだけじゃないはずだ」
「俺みたいなガキより、大人の女性の方が似合うって思ったよ」
「何が言いたいのか分かった。俺には女が寄ってくるから、自分は必要ないって思ったのか?」
「うん……」
どうしてここまで知っているのだろう。話す前から胸の内を聞かれているような気がした。これが大人と子供の違いなのだろうか。俺と黒崎 重なり交わる部分は少ないと思う。何でも出来てしまう黒崎からすると、自分は取るに足りない子供ではないかと思った。
「自信がないよ。あんたみたいに、何でも出来ないから。ちっとも釣り合わない。最近になって思い始めたんだ。あ……」
きっと怒られるだろうと思っていたのに、優しく抱き寄せられた。この場所は温かく迎え入れてくれる。いつまでも自分だけの居場所であってほしい。温かい体にもたれ掛かっていると、黒崎が囁きかけてきた。
「どうして信じられないんだ?お前のことになると、子供じみた真似をするのは分かっているだろう?意志が強いわりには、自信を無くしている。その考え方を今すぐやめろ。必要ない」
今度は頭を撫でられた。心地よさに身を任せて、ここがどこかも忘れてしまいそうになった。そして、沈黙したまま時間が経ち、心が落ち着いた頃、抱きしめられたままの姿勢で見上げた。
「どうして俺のことが好きなわけ?まだガキだよ?いた……っ」
言い終わらないうちに、頬をつまみ上げられた。痛みを残して指が離れた後、乱暴に抱き寄せられた。
「お前が必要だからだ。お前が決めることじゃない」
「本当に強引だね……」
ここまで言われると笑うしかない。まるで、川に落ちた俺の襟を掴んで引き上げられたかのようだ。すると、黒崎が不満そうに眉を寄せた。
「まだ分かっていないな。言い返してくるわりには、肝心なことを言わずに自己完結させるのは、お前の悪い癖だ。女性達との付き合いをやめたのは、お前と出会った直後だ。お前だけを愛している。これからも心配ないが、少しは妬いてもらいたい。それでも、自信は無くしてほしくない。……俺はお前のことで願掛けしたくて禁欲していた。それだけ愛されていると思ってくれ」
「威張って言うなよ。嫌がらせをしてきたくせに。キスをしてきただろー」
「近づきたかったからだ。お前と付き合いたいから、俺も願掛けしたことがあると思ってくれ。分かったか?」
黒崎が俺のことを笑わそうとする優しさに触れて、胸が痛くなった。だから、抱きしめられている腕の中から離れる気にはなれなくなり、俺も抱きしめ返した。すると、黒崎が笑った。
「おかげで願いが叶った。振り回されている身になってみろ。逃げ出したくなるぐらいに嫉妬しろ。お前は写真が苦手だったな。俺だけには写真を撮らせてくれ」
「大事にされているから、嫉妬をしたくても出来ないよ」
「今は大事にされてるだと?これから先もだ。余計な事は考えずに、今すぐ妬け。そこの薔薇にでも。……俺が喜ぶと分かっていて、この庭へ来たがっていただろう。可愛くて仕方がないから、今からすることは我慢しろ」
ゆっくりと押し倒された。後ろ向きに倒れ込み、咲き乱れる花たちに囲まれた。花を踏まないようにと、咄嗟に手をついて体制を整えた。そして、覆いかぶさって来た体を押しのけることが出来なかった。
「黒崎さん。ちょっと……」
「山盛りの花で、他からは見えない。確認済みだ」
「ええ?」
「静かにしておけ……」
スマホのレンズを向けられて、写真を撮られた。連射モードの音が鳴っていた。俺は突然の出来事すぎて抵抗できず、ぽかんとして、数秒間の沈黙を守った。
1
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる