恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖

文字の大きさ
105 / 164

11-8

しおりを挟む
(あれが最後だった……)

 さらに思い出したことがある。両親が喧嘩をしていた次の日の夜のことだ。 飼い犬のアヤノと遊んでいたときのことだ。 母から声を掛けられた。優しい顔をしていた。笑顔もあった。滅多に見たことがないものだったから驚いた。俺を産むのを迷っていたと知った後で腹が立っていたが、優しく名前を呼ばれたことが嬉しかった。

「ママ、どうしたの?」 
「お出かけしない?」 
「もう夜だよ?」
「そうね……。それに、発作が起きるといけないものね」 

 俺は当時まだ喘息があり、出かけることが少なかった。母が泣き始めたから、涙を拭いてあげたかった。しかし、自分の指先が動かなかくて、拭いてあげられなかった。見えない壁が存在しているようだったからだ。お互いに近づきたくても、そう出来ないでいた。母を守ることが出来ない。これ以上、重荷になりたくなかった。 

「寝るよ。おやすみなさい」 
「おやすみなさい」 

 それが最後だった。母が出て行った後、たくさん泣いた。父から可愛がられていた俺は、黒崎家の親族からも可愛がられていた。しかし、堪えられないことが起きた。親戚の集まりの日に、母のことを悪く言う者がいたからだ。 

 その場で、その親戚達にクッションを投げつけた。いい子でいるのを止めた瞬間だった。羽交い絞めにされたが、それを振り切って、相手の胸倉を掴んだ。 

「圭一!やめなさい」 
「うるさい!その口を閉じろ!何が分かるんだよ!ママは……っ」 
「そのママは、運転手の倉口と出て行ったんだぞ」 
「え……」 

 倉口は父と母と俺の送迎を担当している人だ。信頼していた人に裏切られたことを知った。全ては父が原因だと思っていたが、父を憎むことが出来なかった。拓海兄さんから聞かされた話があるからだ。

「お父さんは不器用なんだよ。好きとか、可愛いとか。よく頑張ったなとか。ストレートに言えばいいのに出来ない人だ」
「すごく嫌な言い方をするし、強引だよ。どうしてお父さんのことが、みんな好きなんだよ?」
「圭一だって、好きだろう?」 
「お父さんだから……」

 以前、倉口にそのことを話すと笑ってくれていた。僕も旦那様のことが好きですよと言っていた。ああして笑いながら、俺たちを裏切っていた。最悪な人たと知った。母のこともだ。

 今なら多少は理解が出来る。母は黒崎家の中で、心から頼れる者がいなかったのかも知れないということを。全ては受け入れられないが、俺自身が成長したのだろうか。

 さらに思い出したことがある。それは高校3年生になったばかりの、4月20日のことだった。父から俺が住んでいる祖父の家に電話がかかって来た。拓海兄さんが車の玉突き事故の犠牲になり、即死だと聞かされた。最後に会話したのは、昨夜の電話だった。オペラ座の怪人の舞台を観に行く約束をしていた。

 翌日、拓海兄さんの遺体に対面した。せめて最後は安らかな顔であればいい。安らか、悲しい、苦しい。何も表情が無かった。抱きしめることさえも出来なかった。 

 4月25日。拓海兄さんの葬儀の後、火葬場から出て来た。父が位牌を持ち、俺は拓海兄さんの遺骨を抱いて歩いた。その時。母の顔が思い浮かんだ。恨んでいるのに、会いたくなった。 いくら泣いても、拓海兄さんは帰ってこない。ママは生きているから会える。そう思っていた。

(兄さん。今もそばにいてくれるだろうか……)

 あれから何年経っただろうか。夏樹と再会し、母と再会する勇気をもらえた。そして、黒崎家に戻る決断もできた。さっき会った母は、記憶の中の母とは正反対の雰囲気をしていた。優しそうな顔をしていた。あの当時は手を差し伸べることが出来なかったが、今日は戸惑いながらも出来た。今なら守れる自信がある。それに、夏樹から優しさを教えてもらい、今は幸せだ。それなのに、なぜ涙が流れるのだろう。  

「夏樹……?」 

 夏樹が戻って来ていない。広く見回しても、姿がないことに気がついた。一人で店に行かせた後、長く時間が経っているはずだ。急に不安に襲われた、その時だった。 

「黒崎さーーん……」 
「夏樹?」

 真後ろから声がしたから振り返ると、大きなクマの顔が至近距離にあった。それはヌイグルミだった。夏樹の仕業だ。まるでクマから話しかけられたように感じて笑い声が出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...