恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編

夏目奈緖

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15-30(黒崎視点)

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 午前3時。

 ホテルの中庭を歩いている。数時間前とは気持ちの上で変化があり、同じ庭なのに、ずいぶんと印象が変わり、全体が柔らかい色味に包まれていると思った。夏樹の心の内が分からずに戸惑っていた時間が、ずいぶんと前のことのように感じる。

 まさか父と一緒に歩く日など、来るわけがないと思っていた。楽しそうにしている姿を見ることも。それが現実として、目の前にある。

 夏樹ちゃん。隆さん。そう呼び合うことにした2人を見て、驚きと幸福感に包まれた。願い事が一つ叶い、これ以上は欲張れないと思った。

 2人が腕を組んで歩いている。父が少し足を悪くしているからだ。夏樹の方から腕を組むようにしてくれて、父が嬉しそうに笑い、照れくさそうもした。

「隆さん。寒くない?マフラーを巻こうか?」 
「大丈夫だよ。夏樹ちゃんこそ平気か?」 
「俺は平気だよ。そこに石があるから気をつけてね」 
「ありがとう」 

(ほほえましい光景だ。祖父と孫のようだな……) 

「隆さん。向こうにベンチがあるからね。もう少しだよ」
「夏樹ちゃん。まだ元気だよ」 
「おい……」 
「黒崎さーん。そんな不機嫌な声を出すなよ~、どうしたんだよ?」 
「どうして『隆さん』と呼ぶんだ?俺の事は呼ばないくせに」 
「今更だよ。呼び方を変えるのが面倒くさいもん」 
「……圭一。妬いているのか?」
「……悪かったな」 
「黒崎さんっ。だめだよ」 
「素直じゃない息子だ。さあ、夏樹ちゃん、向こうへ行こう。あの辺りが夜空を眺めやすい」 
「うん。あんな人、放っておこうね」 

 夏樹が父の体を支えた。文句を言ったものの、幸せな気持ちで眺めた。屋根のあるベンチまで来ると、2人の足取りが止まった。 

「ここがいい」
 「うん。ホテルからの灯かりが届きにくいからね。黒崎さんも、こっちへ来てよ。あの星が分かる?」

 指した方向は、南の低い位置だった。白く観える星が、一つだけ光っていた。他の星々からは離れた距離にある。

「あの星は、フォーマルハウトだよ。みなみのうお座の部分。他の星から離れて見えるから寂しそうだって思っていたんだ。でもさ、あの星がなかったら、うお座が完成しないんだよ。他の星と群れなくても、十分に存在感を発揮しているよ。……俺は、こう思ってるんだ。夜空の星は『人』だよ。お互いに輝き合っている。……月みたいに、大きく一つだけ浮かんでいるのは別として、小さく見える星は、たくさん浮かんでいるからこそ、綺麗だと思うんだ。……俺は集団行動が苦手で、人付き合いも上手くない。一人で居ることが気楽だった。でも、誰かのそばにいることで、その人が輝く手伝いが出来るのなら、悪くないと思うようになったよ」 
「……お前こそ、フォーマルハウトだ。あの星座の重要な部分を担っている。うお座の『口』の部分だろう?唇を尖らせている」 
「なんだよーっ。意地悪なくせに、嫌味まで追加かよ?」 
「ははは……」 
「黒崎さん、いつの間に星の勉強したんだよ?けっこう詳しいよね」

 すると、父が懐かしそうな顔をした。俺には思い当たる思い出がある。小学生の頃、父に連れられて天体観測にでかけたことがある。そのことか?と父に聞くと、父が頷いた。

「一度だけ、親子らしい遊びをした。高原へ天体観測へ出かけた時に教えられた。圭一、覚えているか?お前が随分とはしゃいでいた」 
「ああ、覚えているとも」 

 父が懐かしそうに夜空を仰いだ。後ろへ倒れないように父の体を支えると、両目を見開いて驚かれた。

「俺が優しくするのは妙なことか?」 
「いいや。嬉しいぞ」 

 子供の頃は、父のことが怖かった。近づくことが出来ない分、その後姿を見つめていた。あの頃は、背が高くて、広い背中をしていると思っていた。今ここで支えている体は、あの頃より小さくなったようだと思っていると、夏樹から声をかけられた。マデリンのことを聞きたいそうだ。すると、父が笑った。 

「マデリンおばあちゃんとは、イギリスで会ったんだよね?」 
「そうだよ。私がフラれた話は聞いているかな?プロポーズしたが、断られたよ」 
「そうだったね。ごめんね……」
「夏樹、気にするな。プロポーズを受けていれば、俺達は結ばれなかったぞ」 
「そうだねー。オリオン座と月の女神の神話を知ってる?」 
「ああ。オリオンに会いに来ているんだろう?」 
「うん。黒崎さんには似合わないけど、『月の女神』なんだ。別々の場所に住んでいる『オリオン』達のところへ会いに行ったんだよ。そう思ってるんだ。……そうだー。3月末に都内に引っ越して来るんだよ。会えるようになるね」
「楽しみにしている。大学受験の時は、私の家に滞在するいい。送迎をさせてもらう。遠慮しないでくれ」 
「ありがとう!」 
「圭一、夏樹ちゃん。秋の四辺形が観えるぞ」
「うん、今夜はよく見えるね。来年は春の大三角を見ようよ」 
「ああ……」 

 父が穏やかな微笑みを浮かべた。全ては夏樹のおかげだ。お互いの心のドアを開いて、手を差し伸べた。これから先も景色が変化するが、恐れることはない。2人で歩けば楽しいだろう。心からそう思った。
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