森林の星空少年~あの日のメエメエ

夏目奈緖

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 山本君は柿ピーをつまみにしてビールを飲み干した。酒に弱い体質なのに酒が一気に身体に入ったことから酔っ払い、病室内で暴れ出したそうだ。あんな野郎、こんな野郎、俺は、俺は、俺は。そんな言葉を繰り返していたそうだ。両目は充血しており、何度も手で目をこすったような跡がついていたそうだ。

「ふむふむ。悔しい気持ちが分かるなーーーー」
「ゆうとーー。厚焼き卵に醤油を掛けろよ」
「うん。あ、これ、キシヤマの出汁醤油だね!」
「うん。君からもらったやつだよ。これ、美味しいね。俺の厚焼き卵がレベルアップしたよ」
「月島さんに紹介したいんだけど、お互いに予定が合わないから仕方ないね」
「うん。楽しみにしているんだけどね」

 夏樹のことを月島さんに紹介したいが、ちょうどのタイミングで予定が合わないから会わせられていない。夏樹の方は大学と音楽の仕事、絵本の仕事、家の仕事で忙しく、月島さんも国内外を飛び回っている。お互いに会いたいと言っているのに、すれ違いだ。しかし、この出汁醤油が2人の縁を繋いでいる。味噌と醤油。必ず無くてはならないものが夏樹の家にある。

「ふむふむ。家の中に月島さんがいるようなものだなーーー」
「ゆうとーーー。月島さんって、霊能者なんだって?」
「そうだよ。橋本さんに生き霊が憑いていたときにお祓いをやっていたんだ。地鎮祭の祝詞でさーーー」
「へえーー。橋本さんって、人から恨まれるような人だったっけ」
「それが、橋本さんに恋をした人の生き霊だったんだ。例えば、今、先生が話している山本君のような感じだよ」
「そっかーーー。生き霊になってでも、そばにいたいってことかな。それとも、恨みかな」
「ふむふむ。両方じゃないかな」
「時間が解決すると良いね」
「そうだねーーー」

 ふう。俺はため息をついた。そこで、山岸先生が山本君に飲ませる薬の話を終えた。今日は病院に戻れないから、明日になることも伝えていた。話を漏れ聞くと、山本君は先生に心を許しているようで、先生を呼んでくれと言っていたそうだ。俺はその気持ちが分からないでも無い。自暴自棄になっているということだ。

「ふむふむ。信頼されている先生なんだなーーー」
「聖河さんは優しいもん。なんたって、聖なる河っていう名前だもん。ガンジス。あだ名を付けた同級生の子は面白い子だなって思うよ」
「そうだね。ふむふむ。それにしても美味しい卵だなーーー。いつもお弁当に入れているやつじゃないよね?」
「そうなんだよ。これ、黒崎さんが新宿二丁目の店で三次会に参加したときに紹介された卵なんだよ。そこで出たおでんの卵が美味しかったから、ママに話を聞いて、黒崎さんが遠くのスーパーまで行って買ってきてくれたんだ。しばらくうちはこの卵を使うと思うよ」
「新宿二丁目?そんなところに行ったの?君、大丈夫?」
「大丈夫だよ。女の人の居る店ならやきもちを焼くけど、ママも店の人も男ばかりなら安心だよ。黒崎さんって、俺以外の男に興味が無いんだ。悠人は行ったことある?新宿二丁目……」
「ぎく……」

 どうしよう?けっこう行っていることを隠したい。アキラママの店がほとんどだが、近所にある姉さん酒場にもお邪魔したことがあり、一杯のカルーアミルクをご馳走になった。そこは女性しか来ない店だし、ママと仲が悪いのだと思っていたらそんなことはなくて、俺と早瀬は歓迎された。

 それと、男同士の出会いの出会いの場になっている銭湯に出かけたことも隠しておきたい。俺のイメージに関わる。決して変なところではないのに、とっさに隠したい気分になる街である。

「あああ……。月島さんが一目惚れしたのは……」
「一目惚れしたって?」
「あああ……」

 どうしよう?月島さんが一目惚れしたのはユリウス・バーテルスさんといって、黒崎家の親戚同然の家の人だと知った。それはTDDのデビュー記念日の渋谷の交差点での一コマだ。ユリウスさんに再会して、黒崎家と知り合いなのだと判明した。そこで、俺は月島さんとのキューピッドになろうとしたが、月島さんには月島さんのタイミングがあるということだから、再会したことだけを伝えてある。

「ゆうとーー。聖河さんが、マッサージは後にするってさ」
「うひぇーーー?」
「だって、食べている途中だもん」
「ほ……っ」

 俺達のそばで山岸先生が電話を続けている。先生、先生と、山本君が先生の名前を呼んでいるらしい。そこで俺は、それは恋心なのでは無いかと思った。案外、立ち直りが早いかも知れないと思った。
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