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お茶を飲み終えた。煎餅も食べて、お腹が落ち着いた。畳の匂いに包まれていると、もうこのまま寝転がりたい気分になる。木田さんはにこやかに畳の上に座り、お茶のおかわりはいかがですかと聞いてくれた。
「ありがとうございます。もうお腹いっぱいです」
「そうですか。どうぞ、ゆっくりなさってください。……境内の奥の大木はご覧になりましたか?」
「いえ、まだです」
「でしたら、ぜひ寄っていってください。ご案内もできますよ」
「お願いします。ふむふむ。木田さんは祈願の時と変わりないですね。神々しいです」
「そうですか。ははは。ありがとうございます」
木田さんが笑うと、柔らかい空気が室内に広がった。俺はふと口を滑らせた。
「番組の中とはまた違う感じですね」
「あれは“神主のプライベート”の姿を出しているんです。恋の話や好きな食べ物、旅行の話など……、いろいろ話しています。今は仕事中ですから、少しだけ真面目です」
「ふむふむ。カズさんは、仕事中の木田さんにイチコロになったようですよ。心を奪われたって言ってました」
「うれしいことです。好きだと言ってもらえるのは、良いことですから」
「ふむふむ。カズさんからの猛アピールを華麗にかわしている木田さんですねーーー……あ、しまった」
どうしよう?本音が出てしまった。カズさんが懸命にアピールしているのに、木田さんからは返事がない、そう聞いていた。“まあまあ、いいじゃないですか”と軽くかわし、笑って流す。それが木田さんのスタイルだ。カズさんの方も、それを承知の上で口説いている。だが、今の発言が嫌味に聞こえなかっただろうかと心配になって黙ると、木田さんがふっと笑った。
「よくご存じで。ふふ……」
「うひぇーー、すみません!」
「いえいえ。島川さんは冗談を言っているだけでしょう。……彼、わたくしのことを好きだというわりには、よく他の方の話題を出すんですよ」
「え?他の人の話題?」
「ええ。水端さんだったかな。デザイナー兼副社長の男性。金目鯛の煮つけが美味しい店に誘われて断ったら、泣かれたと」
「泣かれた!?……ほお、それでどうしたんですか?」
「金目鯛をオーダーして、水端さんのお宅にお送りしたそうです」
「ほおーーー、律儀だ」
「他にも、小谷さんとか山本さんとか……、色々な方の名前が出ていましたね」
「あああ……」
どうしよう?俺は頭を抱えた。せっかく木田さんと和やかに話していたのに、これでは恋の暴露大会だ。
「ふむふむ。すみません、カズさんの交友録は話が多すぎまして……」
「いいんですよ。そういう話をされる方ほど、心の整理がついているんです」
「ふむふむ。整理がついている……、ということは?」
「まだすぐに答えは出せませんが、ゆっくりと考えたいと思います」
「うひぇーーー!ありがとうございます!」
どうしよう?アリかナシでいえば、“ナシではない”と判明した。恋の灯が完全に消えていない。そして、藤沢の名前が一度も出ていないことにも気づいた。おそらく、心の整理がついたのだろう。しかし、他の男性の名前がいくつも出るということは、それだけモテているということでもある。
「木田さん。話題に出るということは、何もないという証拠です。カズさんはモテるんですよ。恋人がいないと、つまみ食いをしたくなるんです。しかも、そそっかしくて、食べ物も飲み物もよくこぼすんです」
「そうでしたか。落ち着いた方だと思いましたが」
「仕事中は完璧です。それ以外は、子どもみたいな人です」
「そういう方、嫌いじゃないですよ。わたくし、そういう方から好かれるんです」
「ははは……、ん?うひぇ?」
そのときだった。木田さんの肩の後ろに、ふと“影”が差した。人の形をしている。しかし、誰も立っていなかったはずだ。俺がぎょっとして目を凝らすと、それは淡い光をまとった“男の姿”になった。黒いシャツにグレーのズボン。見覚えのある輪郭。しかし、カズさんではない。同年代くらいの男が、微笑んで木田さんを見つめていた。
「……っ!」
木田さんが立ち上がり、すっと右手を上げた。指先をその男に向けると、空気がピンと張り詰めた。
「えいっ!」
その瞬間、ふわりと風が起こり、白い紙垂がひらりと舞った。男の姿はすっと薄れて、光の粒になって消えた。
「……今の、見えましたか?」
「み、見えました……。うひぇーー……」
「境内の“影狐”ですね。時々、人の姿をとるんです。害はありません。驚かせてしまいましたね」
木田さんが微笑んで言った。まるで何事もなかったように。どうしよう?俺はもう一杯、恋守茶を飲まずにはいられなかった。味は甘いのに、背筋はひんやりしていた。
「ありがとうございます。もうお腹いっぱいです」
「そうですか。どうぞ、ゆっくりなさってください。……境内の奥の大木はご覧になりましたか?」
「いえ、まだです」
「でしたら、ぜひ寄っていってください。ご案内もできますよ」
「お願いします。ふむふむ。木田さんは祈願の時と変わりないですね。神々しいです」
「そうですか。ははは。ありがとうございます」
木田さんが笑うと、柔らかい空気が室内に広がった。俺はふと口を滑らせた。
「番組の中とはまた違う感じですね」
「あれは“神主のプライベート”の姿を出しているんです。恋の話や好きな食べ物、旅行の話など……、いろいろ話しています。今は仕事中ですから、少しだけ真面目です」
「ふむふむ。カズさんは、仕事中の木田さんにイチコロになったようですよ。心を奪われたって言ってました」
「うれしいことです。好きだと言ってもらえるのは、良いことですから」
「ふむふむ。カズさんからの猛アピールを華麗にかわしている木田さんですねーーー……あ、しまった」
どうしよう?本音が出てしまった。カズさんが懸命にアピールしているのに、木田さんからは返事がない、そう聞いていた。“まあまあ、いいじゃないですか”と軽くかわし、笑って流す。それが木田さんのスタイルだ。カズさんの方も、それを承知の上で口説いている。だが、今の発言が嫌味に聞こえなかっただろうかと心配になって黙ると、木田さんがふっと笑った。
「よくご存じで。ふふ……」
「うひぇーー、すみません!」
「いえいえ。島川さんは冗談を言っているだけでしょう。……彼、わたくしのことを好きだというわりには、よく他の方の話題を出すんですよ」
「え?他の人の話題?」
「ええ。水端さんだったかな。デザイナー兼副社長の男性。金目鯛の煮つけが美味しい店に誘われて断ったら、泣かれたと」
「泣かれた!?……ほお、それでどうしたんですか?」
「金目鯛をオーダーして、水端さんのお宅にお送りしたそうです」
「ほおーーー、律儀だ」
「他にも、小谷さんとか山本さんとか……、色々な方の名前が出ていましたね」
「あああ……」
どうしよう?俺は頭を抱えた。せっかく木田さんと和やかに話していたのに、これでは恋の暴露大会だ。
「ふむふむ。すみません、カズさんの交友録は話が多すぎまして……」
「いいんですよ。そういう話をされる方ほど、心の整理がついているんです」
「ふむふむ。整理がついている……、ということは?」
「まだすぐに答えは出せませんが、ゆっくりと考えたいと思います」
「うひぇーーー!ありがとうございます!」
どうしよう?アリかナシでいえば、“ナシではない”と判明した。恋の灯が完全に消えていない。そして、藤沢の名前が一度も出ていないことにも気づいた。おそらく、心の整理がついたのだろう。しかし、他の男性の名前がいくつも出るということは、それだけモテているということでもある。
「木田さん。話題に出るということは、何もないという証拠です。カズさんはモテるんですよ。恋人がいないと、つまみ食いをしたくなるんです。しかも、そそっかしくて、食べ物も飲み物もよくこぼすんです」
「そうでしたか。落ち着いた方だと思いましたが」
「仕事中は完璧です。それ以外は、子どもみたいな人です」
「そういう方、嫌いじゃないですよ。わたくし、そういう方から好かれるんです」
「ははは……、ん?うひぇ?」
そのときだった。木田さんの肩の後ろに、ふと“影”が差した。人の形をしている。しかし、誰も立っていなかったはずだ。俺がぎょっとして目を凝らすと、それは淡い光をまとった“男の姿”になった。黒いシャツにグレーのズボン。見覚えのある輪郭。しかし、カズさんではない。同年代くらいの男が、微笑んで木田さんを見つめていた。
「……っ!」
木田さんが立ち上がり、すっと右手を上げた。指先をその男に向けると、空気がピンと張り詰めた。
「えいっ!」
その瞬間、ふわりと風が起こり、白い紙垂がひらりと舞った。男の姿はすっと薄れて、光の粒になって消えた。
「……今の、見えましたか?」
「み、見えました……。うひぇーー……」
「境内の“影狐”ですね。時々、人の姿をとるんです。害はありません。驚かせてしまいましたね」
木田さんが微笑んで言った。まるで何事もなかったように。どうしよう?俺はもう一杯、恋守茶を飲まずにはいられなかった。味は甘いのに、背筋はひんやりしていた。
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