森林の星空少年~あの日のメエメエ

夏目奈緖

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 不穏な空気が漂い始めた。六槍さんのライバルに違いない。いや、プラセルの社内には数人いるのだと、カズさんから聞いている。その中でも、北川さんという人が危ないのかもしれない。

「へえーー。朝陽君にライン?なんだろうね?」

 早瀬が首を傾げると、六槍さんの瞳に黒い炎が宿った。怖い。愛が重い。なんだろうと、朝陽が開いたそのメッセージを、俺たちは遠目で見た。それはいくつも立て続けに入っていた。

 北川:今日、参拝してるって本当?大丈夫?寒くない?北川:それと……、前に言っていた件。今度、また相談に乗るよ。電話でも、会ってでも。北川:朝陽君の声、また聞きたい。

 これを読んで、北川さんとは、朝陽のことを狙っている人だと確証を持った。そして、六槍さんの箸が、バキッと小さく音を立てた。折れかけている。

「ん?六槍君どうしたの?」
「……なんでもないよ。店の箸、少し弱かったみたいだ……」

 明らかにウソである。木田さんは静かに湯呑みを口へ運びながら、これは、なかなかの縁の争いだと言って、穏やかに笑った。神主の余裕である。

「北川さん、いつも気にかけてくれるんだよ。大学の相談とか。俺さ、大学に戻ろうかと思ってて、北川さんはS大の卒業生を知っているから、なにかと知っていることがあるんだよって言っててさ」

 朝陽は気づいていない。いや、気づけるわけがない。それは“恋のアンテナ”が初期設定のままだからだ。

「……相談?」

 六槍さんの声が、氷の底から響くように低くなった。

「うん。進学とか、実習のこととか……。北川さん、優しいんだよ。なんていうか……、距離が近くて」
「距離?近い?」
「え?うん。話しやすいし……、友達っていうか……」
「……朝陽君。北川が君に優しい理由、わかってる?」
「え?なんで?」
「相談に乗るのも、声を聞きたがるのも……、仕事の仲間としてとかじゃないよ」
「そうなの?」

 本気で疑問顔だ。恋愛脳が初期設定すぎる。六槍さんは深く息を吸って、感情を押しとどめるように目を閉じた。そして、ゆっくり、低く、甘い声で囁いた。

「……朝陽君。君さ……自分がどれだけ誘われてるか気づいてないだろうけど……」
「誘われてる……?」
「そう。君を欲しがってるんだよ、彼は。恋愛として」

 その言葉に朝陽の身体が一瞬びくっと震えた。それはそうだろう。兄貴から恋愛禁止だと言われてプラセルに修行に出されて、その重みを受けている。どんなにいい子でも、誘いに乗ってはいけないと言われている。朝陽がデートしていたのは女の子たちだが、気が付かないだけで、恋心を持っている男もいたに違いない。

「え……、恋愛って……。俺が?」
「そう。君だよ。朝陽君が、誰かに。……北川君にも」

 朝陽の瞳が揺れた。理解が追いつかない。しかし、心の奥がざわつく。そんな感じである。とうとう来たのかという思いで、俺は朝陽のことを見つめた。

「なんで……。俺なんか……」
「“俺なんか”じゃない。君だからだよ」

 六槍さんの声が、落ちていく。甘く、深く、逃げられない方向へ。

「君は優しいし、笑うと可愛いし……。誰だって好きになる」
「え……」
「僕だって……。北川君だって……。君に落ちるんだよ」

 朝陽の顔が一気に赤くなった。気がついたという気配がしている。しかし、まだ無自覚さが勝つ。

「で、でも……北川さん、そんな感じじゃなかったよ?」
「朝陽君。彼の”そんな感じじゃない”は、君が気づかないだけだよ。普通じゃないよ。君にだけメッセージを送るなんて。彼はプラセルの中でそういうことをしない」
「そ、そうなのかな……」
「そうだよ。僕が知ってる。……君を狙ってる奴がいるなら、僕が守らないと」
「守る……?」
「うん。君を他の誰にも渡したくないから」
「え?」

 朝陽が言葉に詰まった。そして、彼の表情が、ざわりと揺れた。北川さんのラインよりも、六槍さんの声のほうが、ずっと胸に刺さったのだろう。しかし、まだ“恋”とは認識していないと言えよう。不安そうな顔をしているからだ。そこで、木田さんが、風のように柔らかく言った。

「争われるのも、愛されるのも……。悪いものではありませんよ。朝陽君の中に、少しずつ答えが生まれていきます」
「答え……?」
「ええ。心はもう動いています。あとは、名前をつけるだけですよ」

 朝陽は手のひらを胸に当てた。その鼓動はいつもより速いと思われた。恋の扉は、まだ半開き。しかし、六槍さんと北川さんという二つの熱が、確実に朝陽の心を揺らし始めていた。
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