森林の星空少年~あの日のメエメエ

夏目奈緖

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 月島さんの言葉が続いていく。みんなの前で熱い言葉を出しているが、月島さん自身はとても静かだ。顔を赤くすることもなく、身体がかゆくなるほどの熱いメッセージを紡ぎ出している。さすがはキシヤマ味噌の社長だと言えよう。伝統のキシヤマは、何事にも揺るがない。

「僕はね、ユリウス君」
「……」
「君のように“感情を抱えたまま立っている人”が、好きなんだ」

 月島さんからの詩的だというような口説き文句に、ユリウスさんは笑おうとして、やめた。月島さんがじっと見つめてくるからだ。

「……それは困るよ」
「困らせるつもりはない。ただ、知ってほしかった」
「何を?」
「君が、とても魅力的だということを」

 それは、軽い冗談でも、場のノリでもなかった。年齢も立場も理解した上での、真正面からの言葉だ。ユリウスさんはしばらく黙ったまま、ストーブの灯りを見ていた。

「……僕は、今」
「うん」
「誰かを守る立場に、慣れすぎてしまっている」
「それも、君の一部だ」
「でも……」

 そこで、南波さんが、小さく声を出した。

「ユリウスさん……」

 そこで、ユリウスさんが、はっとして南波さんを見る。その目には、迷いと、熱と、戸惑いが混じっていた。月島さんは、そこで一歩引いた。

「今日は、答えはいらない」
「……」
「ただ、覚えておいて。君を“一人の男として見る人間”が、ここにいるということを」

 そこで、伊吹さんが大声で割り込んだ。ここは引くという判断をした月島さんの肩をもって、神輿を担ぐようにして、わっしょいわっしょいといった風に騒ぎ立てている。

「月島社長!その話、あとでぜひ詳しく!いやー、やっぱり人を見る目が違うなあ!」
「……空気を読め」

 そこで、黒崎さんの低い声が飛び、伊吹さんは一瞬で黙った。引き際が見事である。ユリウスさんは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

「……参ったな」
「悪いことをしたかな」
「いいや。ただ……、予想外だった。君が引くなんてね」

 そこで、俺はユリウスさんの袖を掴んだ。少し喧嘩になりそうな空気があったからだ。それはやめた方がいいだろう。

「ユリウスさん。あなたがモテるのは当然だと思います」
「悠人君……」

 その先は、言葉にならなかった。ストーブの光が大きくなったように感じた。コメント欄が流れる。人の想いが、絡まり、ほどけ、また結ばれていく。

 伊吹さんは相変わらず月島さんの隣を狙っているし、月島さんはそれを軽くいなしながら、時折ユリウスさんに視線を投げる。ユリウスさんは南波さんの隣で、少しだけ距離を縮めたまま、微笑みかけている。今夜は、まだ終わらない。恋も、思惑も、そして放送も。すべてが、焚き火のように、静かに、しかし、確実に燃え続けていた。

 ストーブの灯り少し落ち着き、夜気がじわりと染みてくる頃だった。伊吹は相変わらず月島さんの斜め隣をキープしながら、手元のサンドイッチに集中していた。フレンドリー・ラブリーの紙袋から取り出した二つ目だ。包装紙を丁寧に外し、具の断面を一度じっと眺めてから、満足そうに頷く。

「いやあ、やっぱりこの店は裏切らないですね。パンがふわっふわでーーー、パストラミビーフサンドイッチは俺の一番のお気に入りなんです」

 その瞬間だった。ぬっ、と影が伸びた。すると、次の瞬間、伊吹さんの手からサンドイッチが消えた。

「……あ?」

 間の抜けた声を上げた伊吹の視線の先で、アンが、堂々と戦利品をくわえて立っていた。尻尾は高速で振られ、目はきらきらと輝いている。まさに、成功した顔だ。

「アン!」

 夏樹の声が飛ぶが、時すでに遅し。アンは一目散にシートの端へ移動し、前脚でサンドイッチを押さえ込むと、器用にパンを引き裂いた。べりっ。すると、中身が露わになる。ローストチキン、レタス、トマト、特製ソースである。アンは迷わない。パンではない。具だ。ビーフに一直線である。

「ちょ、ちょっと待て。それは俺の……!」

 伊吹さんが慌てて立ち上がるが、アンは一段ギアを上げた。ビーフをくわえ、ぶんっと首を振り、あっという間に半分を平らげる。

「アン!だめ!それ人のご飯!」

 夏樹が駆け寄るが、アンはちらりと見ただけで、再び食事に戻った。もぐもぐ。配信のコメント欄が爆発した。犬だ。アン仕事しすぎ。伊吹さんのサンドイッチがーー。犯行現場だ、などである。南波さんはマイク越しに必死で笑いを堪えている。
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