森林の星空少年~あの日のメエメエ

夏目奈緖

文字の大きさ
816 / 868

34-39

しおりを挟む
 朝食は思いのほかゆっくり進んでいた。湯気の立つスープを啜りながら、誰もが完全には目覚めきっていない。そんな中で、ひとりだけ異様にエンジンがかかっている人物がいた。伊吹さんである。

「いやあ、月島さん、やっぱり朝は大事ですよね。成功している人ほど朝の時間をどう使うかを……」

 もう始まった。俺はベーコンを噛みしめながら、内心でそう呟いた。伊吹さんは月島さんの隣をきっちりキープし、紙コップのコーヒーを差し出し、パンを勧め、果ては膝掛けまで持ってきそうな勢いだ。

「昨日のお話、すごく勉強になりましてね。霊能の世界とビジネスの共通点って、やっぱり“見えない信頼”だと思うんですよ」
「はは、難しいことを言うね」
「いえいえ!月島さんの言葉に感銘を受けまして!いやもう、昨夜は寝ながらメモを……」

 完全に盛っている。絶対にメモなんて取っていない。月島さんは苦笑しつつも、露骨に嫌な顔はしない。その余裕がまた伊吹さんの燃料になる。

「こうして実際にお会いできたご縁、大切にしたいですね。人と人の縁は、偶然じゃなく必然ですから」
「君は本当に口が回るな」
「仕事柄です!」

 即答だった。俺は思わず黒崎さんの方を見た。黒崎さんは湯呑みを持ったまま、完全に“観察モード”に入っていた。

「小瀬。ああいうのをな、真似するなとは言わんが、鵜呑みにもするな」
「はい……」

 小瀬君の返事が、少し引きつっている。すると、その時だった。

「あ、カメラを皆さんの方に向けますねー」

 南波さんがスマホを手に、軽い調子で言った。どうやらみんなのことを映すらしい。番組のテロップは”朝ごはん会場”と表示されている。すると、南波さんが久弥の前に立った。

「久弥さん、出ていただけませんか?」
「俺かーーー。顔しか洗っていないし、グダグダの格好をしているぞ?」
「それがいいんですよ!」

 南波さんがニコッと笑った。久弥は一瞬戸惑ったが、南波さんに手招きされて、テーブルの端に座った。カメラが向くと、さっきまでの眠そうな顔が、少しだけ引き締まる。

「おはようございます。えっと……。久弥です」

 久弥のあいさつの後、画面の向こうで、コメントが流れ始めた。おはよう久弥君!朝から見られて嬉しい。寝起きかわいい。今日も応援してますなどだ。その瞬間、久弥の目が揺れた。

「あ……」

 声が詰まり、慌てて俯く。肩が小さく震えた。

「……おはようって、言ってもらえるの、こんなに嬉しいんだな」

 ぽろっと零れたその言葉に、場の空気が一瞬、静かになった。そこで、南波さんがすぐにフォローした。

「当たり前ですよ。待ってる人がいるんですから」
「……ああ」

 久弥は目元を指で拭い、照れたように笑った。その表情に、コメントがさらに流れる。泣かないで。こっちも泣く。朝から元気もらった。コンサートが最後だなんて言わないで。ユーチューブチャンネルを作ってなどである。

 すると、伊吹さんがさらに声高らかに月島さんにごますりを始めた。今のしんみりとした空気を変えようとしてくれているのだと感じて、さすがは伊吹さんだと感じた。そして、本気でごまをすっているのだと感じはじめ、夏樹が止めた。

「お兄ちゃん!やめろよーーーー」
「何を言うか!月島さんに会って会食の約束を取り付けてこそ、俺はブロッコリー社の社長をやっていられる!躍進をしないといけないんだ!月島さん!そういうわけで、俺のことをあなたの懐に入れてください」
「ふむふむ。にぎやかだなーー。ひさやーー、番組に出て、どう?」
「ああ、こういうのって、いいな」
「ふむふむ……。番組を作ったら?」
「そうだな。考えてみる」
「ほおーーー。それがいいと思うよ」

 俺は胸の奥がじんと熱くなるのを感じながら、コーヒーを一口飲んだ。同じ朝、同じ場所。伊吹さんは必死にごますりをし、久弥はたった一言の挨拶で涙ぐむ。人の在り方は、こんなにも違う。しかし、どちらも“生きている”のだ。バーベキューグリルからの煙の向こうで、今日という一日が、静かに、しかし、たしかに動き始めていた。

 すると、空が晴れ渡り始めて、日差しが降り注いできた。冬の柔らかな光である。俺はそれを全身に浴びて、深呼吸した。そばではカズさんが早瀬のことを口説いているが、気にしないことにしている。ユリウスさんが南波さんに付き添い、みんなにベーコンを配っている。ほのぼのとした光景である。俺はもう一度深呼吸して、スープを飲んだ。以上、黒崎家の庭からの生放送の思い出である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

処理中です...