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秋葉原の街を歩いている。コスプレをした人、推しグッズを買い込んだリュックサックを背負った人などがひしめき合っている。そこで、人形販売店の看板を見つけ、俺は足を止めた。ガラス張りの外観で、中の様子がよく見える。併設されたカフェも同じく開放的で、外からでも客の顔ぶれがなんとなく分かった。クリスマスイブらしく、赤や白の飾りが控えめにあしらわれている。
さて、問題は羽音さんだ。見つけられるだろうか。黒一色の服装に、サングラスとマスク。さらに、向こうからは声をかけてこないという縛り付き。どう見ても不審者寄りだが、店員公認というのが唯一の救いだろう。俺はガラス越しにざっと店内を見渡した。
(……黒、黒、黒……。うひぇーー、あれか?本当に真っ黒だなーー)
入口から一番奥、壁際の席に、やたらと全身が黒い人物が座っている。ニット帽を目深に被り、背中を少し丸め、コーヒーカップを両手で包むように持っている。その姿勢が、なんとなく見覚えのあるものだった。たぶん、あの人だ。
俺は店内に入り、まずカウンターで注文を済ませた。羽音さんの言う通り、店員の女性はちらりと奥を見て、小さく頷いた。やっぱり、分かっているらしい。
カップを受け取り、改めて奥の席に近づく。距離が縮まるにつれ、確信が強まっていく。黒ずくめの人物は、こちらを一切見ようとしない。視線はカップの中に落ちたままだ。
「……羽音さん?」
小声で呼びかけると、ぴくり、と肩が揺れた。サングラスの奥で、こちらを見た気配がする。
「……悠人君?」
マスク越しの声は、間違いなく羽音さんだった。
「やっぱり。すぐ分かりましたよ」
「ほんと?もっと時間かかると思っていたよ」
羽音さんはそう言って、少し照れたように笑った、気がした。マスクで表情は見えないが、声のトーンで分かる。
「そんなに怪しくなかったですよ」
「いや、かなり怪しいと思うけど……」
俺は向かいの椅子に腰を下ろした。テーブルの上には、すでに二人分の茶菓子が揃っていた。
「注文してくれてたんですね」
「うん。前に好きだって言ってたやつ。間違ってなかった?」
「完璧です」
そう答えると、羽音さんは少しだけ姿勢を正した。サングラスの奥から、じっと俺を見ている気配がする。
「スタジオ、お疲れさま」
「ありがとうございます。今日はちゃんと区切りがつきました」
「それは良かった」
その一言に、胸の奥がふっと軽くなる。成果を説明しなくても、分かってもらえている感じがした。
「顔、すごく柔らかいよ」
「さっきも言われました」
「誰に?」
「タクシーの運転手さんです。霊能者タクシーに乗ったんですよ」
「ああ、聞いたことがある。かくかくしかじかな人だそうだ。かくかくしかじかな話をして盛り上がることもあれば、人生のいい話を聞けるらしい」
「はい。俺の場合は励まされました」
「そうなのか」
羽音さんは、小さく息を飲んだようだった。
「縁があるんだね。君はラッキーだ」
「そうかもしれません」
一瞬、沈黙が落ちる。店内には静かなジャズが流れ、コーヒー豆の香りが漂っている。周囲の客たちは、それぞれの時間を過ごしていて、こちらを気に留める様子はない。
「変装、大変そうですね」
「うん。人形屋さんに来てるところ、写真撮られたらだめだから」
「徹底していますね」
「悠人君が笑わないでいてくれるの、助かる」
そう言われて、俺は思わず笑ってしまった。
「ちょっと面白いです」
「ひどいなあ」
そう言いながらも、羽音さんの声は楽しそうだった。そして、こうして会えることがありがたいよねと言った。俺も同じ意見である。その言葉は、さっきタクシーの中で聞いた話と、どこかで重なっていた。
さて、羽音さんの隣の椅子には人形のミレイニーが座っている。クリスマスらしくしており、赤いマフラーを巻いている。金髪の巻き髪はウィッグになっており、いろんな髪型に変えることができる。しかし、羽音さんとしては、初期装備のこの髪型が好きらしい。ミレイニーはいつもこの髪型だ。そして、羽音さんが彼女に話しかけた。
「ミレイニー、悠人君だよ」
「へへへ。こんにちは。うひぇーー、俺も人形愛好家仲間だーー」
どうしよう?人形に挨拶してしまった。男の俺がこんなことをすると、変態だと思われるだろうか。しかし、この店は人形好きな人しか来ないだろうから、いいだろう。
さて、問題は羽音さんだ。見つけられるだろうか。黒一色の服装に、サングラスとマスク。さらに、向こうからは声をかけてこないという縛り付き。どう見ても不審者寄りだが、店員公認というのが唯一の救いだろう。俺はガラス越しにざっと店内を見渡した。
(……黒、黒、黒……。うひぇーー、あれか?本当に真っ黒だなーー)
入口から一番奥、壁際の席に、やたらと全身が黒い人物が座っている。ニット帽を目深に被り、背中を少し丸め、コーヒーカップを両手で包むように持っている。その姿勢が、なんとなく見覚えのあるものだった。たぶん、あの人だ。
俺は店内に入り、まずカウンターで注文を済ませた。羽音さんの言う通り、店員の女性はちらりと奥を見て、小さく頷いた。やっぱり、分かっているらしい。
カップを受け取り、改めて奥の席に近づく。距離が縮まるにつれ、確信が強まっていく。黒ずくめの人物は、こちらを一切見ようとしない。視線はカップの中に落ちたままだ。
「……羽音さん?」
小声で呼びかけると、ぴくり、と肩が揺れた。サングラスの奥で、こちらを見た気配がする。
「……悠人君?」
マスク越しの声は、間違いなく羽音さんだった。
「やっぱり。すぐ分かりましたよ」
「ほんと?もっと時間かかると思っていたよ」
羽音さんはそう言って、少し照れたように笑った、気がした。マスクで表情は見えないが、声のトーンで分かる。
「そんなに怪しくなかったですよ」
「いや、かなり怪しいと思うけど……」
俺は向かいの椅子に腰を下ろした。テーブルの上には、すでに二人分の茶菓子が揃っていた。
「注文してくれてたんですね」
「うん。前に好きだって言ってたやつ。間違ってなかった?」
「完璧です」
そう答えると、羽音さんは少しだけ姿勢を正した。サングラスの奥から、じっと俺を見ている気配がする。
「スタジオ、お疲れさま」
「ありがとうございます。今日はちゃんと区切りがつきました」
「それは良かった」
その一言に、胸の奥がふっと軽くなる。成果を説明しなくても、分かってもらえている感じがした。
「顔、すごく柔らかいよ」
「さっきも言われました」
「誰に?」
「タクシーの運転手さんです。霊能者タクシーに乗ったんですよ」
「ああ、聞いたことがある。かくかくしかじかな人だそうだ。かくかくしかじかな話をして盛り上がることもあれば、人生のいい話を聞けるらしい」
「はい。俺の場合は励まされました」
「そうなのか」
羽音さんは、小さく息を飲んだようだった。
「縁があるんだね。君はラッキーだ」
「そうかもしれません」
一瞬、沈黙が落ちる。店内には静かなジャズが流れ、コーヒー豆の香りが漂っている。周囲の客たちは、それぞれの時間を過ごしていて、こちらを気に留める様子はない。
「変装、大変そうですね」
「うん。人形屋さんに来てるところ、写真撮られたらだめだから」
「徹底していますね」
「悠人君が笑わないでいてくれるの、助かる」
そう言われて、俺は思わず笑ってしまった。
「ちょっと面白いです」
「ひどいなあ」
そう言いながらも、羽音さんの声は楽しそうだった。そして、こうして会えることがありがたいよねと言った。俺も同じ意見である。その言葉は、さっきタクシーの中で聞いた話と、どこかで重なっていた。
さて、羽音さんの隣の椅子には人形のミレイニーが座っている。クリスマスらしくしており、赤いマフラーを巻いている。金髪の巻き髪はウィッグになっており、いろんな髪型に変えることができる。しかし、羽音さんとしては、初期装備のこの髪型が好きらしい。ミレイニーはいつもこの髪型だ。そして、羽音さんが彼女に話しかけた。
「ミレイニー、悠人君だよ」
「へへへ。こんにちは。うひぇーー、俺も人形愛好家仲間だーー」
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