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うどんをすする音が、やけに大きく聞こえている。羽音さんは何事もなかったかのように箸を進めているが、店内の空気は完全に変わっていた。その沈黙を、月島さんが破った。
「……一つだけ、言っておくよ」
声は低く、静かだった。だが、さっきまでの“聞き役”の声とは違う。バレてしまったと言いたいような顔をして、観念したとつぶやいた。どうしよう?やっぱり羽音さんから恋人を奪った男とは、月島さんのことだったのか。羽音さんは顔を上げて頷いた。もう調べてあったのか。相手の名前を。月島さんは彼からの視線を受け止め、頷いた。
「君が話した二人の話だけどね。課長だった人も、部長になった人も、羽音君から誰かを奪ったつもりはない。彼らは、自分の現実に戻っただけだ。そして君は、その現実から逃げなかった。非日常を生きる人間が、誰かの人生に真剣に関わろうとした。それは、簡単なことじゃない。君は、それを何度もやった。君は“選ばれなかった側”じゃない。“本気で選び続けた側”だ」
それは、慰めじゃなかった。肯定でも、免罪でもない。羽音さんは、しばらく黙ってから、ふっと息を吐いた。笑っているのに、目が少し潤んでいる。
「……ずるいですね。そんな言い方。じゃあ、僕は負けていないってことでいいですか?」
「少なくとも、逃げてはいない」
月島さんはそれ以上、何も言わなかった。その瞬間だった。スマホが、震えた。コメント欄が、一気に流れ出している。え????????今の話、理解追いつかん。味噌会社って何。課長→部長って同一人物じゃね?月島さん……?待って、情報量がありすぎる。羽音君、男と付き合ってたの??王子様崩壊では。でも正直で泣いた。好き。
画面が追いつかない。肯定と否定、混乱と共感が、滝のように流れていく。俺は反射的にスマホを伏せた。そこで、同じくスマホで配信を見ていた高野さんが額を抑えた。
「……ああ、来た。これは、切り抜かれる。今のところ、動画で上がるに決まっている」
すると、ママは苦笑しながら、俺たちにもうどんを配り始めた。肉うどんのいい匂いが広がっている。ほっとくつろぐ時間が訪れようとしているが、俺の心はざわざわしている。
「もう止まらないわね」
ママの言葉に、羽音さんは、コメント欄を見てから、意外なほど落ち着いた声で言った。
「いいです。もう。王子様が恋をして、男に振られて、味噌会社の人に負け続けたって話。今日ここで終わらせます。それでも僕は、また恋をすると思う。どうせ、懲りないんで」
その発言に、コメント欄が、さらに爆発した。強い。好きになった。人間だった。王子やめても応援する。羽音君、幸せになってというものだ。
俺は、月島さんを見た。月島さんは、画面も見ず、ただ静かにグラスを傾けている。何も語らない。それが、今できる最大の誠実さなのだと、なぜか分かった。この夜は、もう完全に引き返せない。しかし、壊れただけじゃない。羽音さんが一歩前に進む夜だ。俺は、震え続けるコメント欄を見つめながら、心の中で、静かにそう思っていた。そして、羽音さんが月島さんの方を向いた。
「月島さん。僕はまたあなたに恋人を奪われるのでしょうか」
「それなら、いっそのこと、僕と付き合わないか?」
「え?」
「それなら、恋人を奪われることはない。僕には好きな人がいてね。彼とはなかなか恋愛成就になりそうになくて、もしかしたら、友人どまりかもしれない。寂しいもの同士、どうだ?」
「ふふ。それは断ります。誰か好きな人がいる状況の人なんて嫌です。僕は寂しくなんかありません。あなたに取られた恋人のことを思うと、悔しくてたまりません。でも、あなたで良かったとも思いました。けっこういい男じゃありませんか。あなたのような人なら、取られても仕方がないと思いました」
「ありがとう。二人とは長続きしなかった。僕も取られた側だ。好きな人ができたと言われてね。でも、その人とは付き合えなかったらしい。当時は黒崎ホールディングスの社長をしている人で、一目会って惚れたと言われたよ」
「うひぇーーーー、あああ……」
どうしよう?そういうことだったのか。知り合い同士じゃないか。なんと世間は広いようで狭いのか。黒崎さんはずっと恋人がいない状態だったと言っていた。デートはしたかもしれない。ここに夏樹がいなくてよかったと言えよう。
「……一つだけ、言っておくよ」
声は低く、静かだった。だが、さっきまでの“聞き役”の声とは違う。バレてしまったと言いたいような顔をして、観念したとつぶやいた。どうしよう?やっぱり羽音さんから恋人を奪った男とは、月島さんのことだったのか。羽音さんは顔を上げて頷いた。もう調べてあったのか。相手の名前を。月島さんは彼からの視線を受け止め、頷いた。
「君が話した二人の話だけどね。課長だった人も、部長になった人も、羽音君から誰かを奪ったつもりはない。彼らは、自分の現実に戻っただけだ。そして君は、その現実から逃げなかった。非日常を生きる人間が、誰かの人生に真剣に関わろうとした。それは、簡単なことじゃない。君は、それを何度もやった。君は“選ばれなかった側”じゃない。“本気で選び続けた側”だ」
それは、慰めじゃなかった。肯定でも、免罪でもない。羽音さんは、しばらく黙ってから、ふっと息を吐いた。笑っているのに、目が少し潤んでいる。
「……ずるいですね。そんな言い方。じゃあ、僕は負けていないってことでいいですか?」
「少なくとも、逃げてはいない」
月島さんはそれ以上、何も言わなかった。その瞬間だった。スマホが、震えた。コメント欄が、一気に流れ出している。え????????今の話、理解追いつかん。味噌会社って何。課長→部長って同一人物じゃね?月島さん……?待って、情報量がありすぎる。羽音君、男と付き合ってたの??王子様崩壊では。でも正直で泣いた。好き。
画面が追いつかない。肯定と否定、混乱と共感が、滝のように流れていく。俺は反射的にスマホを伏せた。そこで、同じくスマホで配信を見ていた高野さんが額を抑えた。
「……ああ、来た。これは、切り抜かれる。今のところ、動画で上がるに決まっている」
すると、ママは苦笑しながら、俺たちにもうどんを配り始めた。肉うどんのいい匂いが広がっている。ほっとくつろぐ時間が訪れようとしているが、俺の心はざわざわしている。
「もう止まらないわね」
ママの言葉に、羽音さんは、コメント欄を見てから、意外なほど落ち着いた声で言った。
「いいです。もう。王子様が恋をして、男に振られて、味噌会社の人に負け続けたって話。今日ここで終わらせます。それでも僕は、また恋をすると思う。どうせ、懲りないんで」
その発言に、コメント欄が、さらに爆発した。強い。好きになった。人間だった。王子やめても応援する。羽音君、幸せになってというものだ。
俺は、月島さんを見た。月島さんは、画面も見ず、ただ静かにグラスを傾けている。何も語らない。それが、今できる最大の誠実さなのだと、なぜか分かった。この夜は、もう完全に引き返せない。しかし、壊れただけじゃない。羽音さんが一歩前に進む夜だ。俺は、震え続けるコメント欄を見つめながら、心の中で、静かにそう思っていた。そして、羽音さんが月島さんの方を向いた。
「月島さん。僕はまたあなたに恋人を奪われるのでしょうか」
「それなら、いっそのこと、僕と付き合わないか?」
「え?」
「それなら、恋人を奪われることはない。僕には好きな人がいてね。彼とはなかなか恋愛成就になりそうになくて、もしかしたら、友人どまりかもしれない。寂しいもの同士、どうだ?」
「ふふ。それは断ります。誰か好きな人がいる状況の人なんて嫌です。僕は寂しくなんかありません。あなたに取られた恋人のことを思うと、悔しくてたまりません。でも、あなたで良かったとも思いました。けっこういい男じゃありませんか。あなたのような人なら、取られても仕方がないと思いました」
「ありがとう。二人とは長続きしなかった。僕も取られた側だ。好きな人ができたと言われてね。でも、その人とは付き合えなかったらしい。当時は黒崎ホールディングスの社長をしている人で、一目会って惚れたと言われたよ」
「うひぇーーーー、あああ……」
どうしよう?そういうことだったのか。知り合い同士じゃないか。なんと世間は広いようで狭いのか。黒崎さんはずっと恋人がいない状態だったと言っていた。デートはしたかもしれない。ここに夏樹がいなくてよかったと言えよう。
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