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奥村さんは、うどんの丼を持ったまま、月島さんをまじまじと見つめた。店内の客たちが一斉に彼に注目した。
「あの……。やっぱり、会ったことがあります。映画館です。10年前、新宿のミニシアターで。隣の席に座ったのが、月島さんでした。その映画館は男性同士の出会いの場でもあって、隣に座ったら相手になるという意味がありました。僕が受けで、映画館の中の壁に立っているのがタチで。そこでお互いに話をして、交渉成立です。僕たち、成立したんです。でも、あなたがお茶が飲みたいと言うから、何もせずに、外に出たんです」
月島さんは目を細めた。俺はうろたえた。その時に終わったのだろうかと。さらに奥村さんの話は続いていく。たしか、月島さんは男性を見るのが好きで出会いの場に出かけていくと言っていたはずだ。身体の関係を結ぶためではなかったはずだ。しかし、外に出たということは、惹かれたのだろう。
「僕、月島さんと喫茶店で少し話して、一緒に銭湯に行ったんです。お泊まりの部屋がある銭湯で、僕、今夜のデートの相手だと思って、嬉しかったんです。かっこよくて、いい体をしていて、抱かれると思って、ドキドキしていました」
「あああ……」
ざわっと空気が揺れる。ママが、まあまあと、面白そうに顎を上げた。
「若かったんです、僕。誰かと繋がりたくて……、その、流れで、もっと親しくなれたらと思ったんですが。月島さんに、やんわり断られてしまって」
「あああ……」
俺は思わず月島さんを見る。本人は、ああ、と小さく息をついた。
「思い出しました。銭湯の帰り道に、ずいぶん真剣な目で見つめられた記憶がある」
「……本気でした。でも断られて、正直、悲しくて。月島さんは僕と話がしたかっただけだと言いました。その帰り道で出会ったのが、忘れられない人なんです。銭湯を出た後、ひとりでふらふら歩いていたら、声をかけられて。パチンコ屋の前で立ち話をして、そのまま飲みに行って……。その人、月島さんの知り合いだったんですよね?彼が、そう言っていました」
月島さんはゆっくりとうなずいた。そして、ママがぱんと手を叩いた。
「斎藤君じゃない!」
「斎藤……」
奥村さんの瞳が揺れた。月島さんが淡々と言う。
「彼とは当時、よく映画の話をしていた。あの日も近くにいたはずだ。君が落ち込んでいるところに、彼が現れた。それは偶然かもしれない。だが、僕はあの日、彼に“あの子は素直だ”と伝えた記憶がある」
「え……」
「すまない。こんなことになるなんて」
奥村さんの耳が赤くなった。そして、斎藤さんはどこにいるんですかとつぶやいた。その答えを、ママが言った。すぐ近くだと。
「今も二丁目をうろうろしてるわよ。出会いを探してるくせに、決めきれないの」
「そうなんですか。僕、あの日、月島さんに断られて、世界が終わったみたいな気持ちだったんです。でも、その直後に彼に会って。だから余計に、運命みたいに思えて。でも、その彼ともつながれなかった。だから僕は体を鍛えようと思って、ジムに通って、腹筋を割ろうと思ったんです。でも、なかなか好みの男性と出会えなくて、いやらしさのある男性にしか興味を持たれなかった。上品な人が好きなんです。でも、フラれたということは、僕はダメな人間ということでしょうか」
「いや、そんなことはないよ。その場で身体の関係を結ぶだなんて、無謀なことだ。よく知り合ってからがいい」
「でも、あの映画館は、そういう相手を選びに行く人も多いんですよ。僕、そのつもりでした」
「それはいけない。さっきまで肩に貼りついていた生霊のことを思い出してほしい。未練も、孤独も、形を変えて人にまとわりつくものだ。斎藤君とまた会えなかったのは、そういうわけだと思う。なあ、ママ、そうだろう?」
月島さんからの問いかけに、ママがグラスを置いた。
「斎藤君なら、今週も来てたわよ。会わないほうが不思議なくらい」
奥村さんの目が揺れる。
「避けられているわけでしょうか」
「避ける人は、同じ街に10年も通わない。君はその場だけの関係を結ぼうとした。神が止めたんだろう。一生付き合っていく人を求めなさいと」
月島さんの言葉は、きっぱりしていた。湯気の立つうどんが、まだ温かい。奥村さんは箸を取り、静かにすすった。
「……温かいです」
その声は、さっきより少しだけ明るかった。しかし、まだあの日の夜は終わっていないのかもしれない。
「あの……。やっぱり、会ったことがあります。映画館です。10年前、新宿のミニシアターで。隣の席に座ったのが、月島さんでした。その映画館は男性同士の出会いの場でもあって、隣に座ったら相手になるという意味がありました。僕が受けで、映画館の中の壁に立っているのがタチで。そこでお互いに話をして、交渉成立です。僕たち、成立したんです。でも、あなたがお茶が飲みたいと言うから、何もせずに、外に出たんです」
月島さんは目を細めた。俺はうろたえた。その時に終わったのだろうかと。さらに奥村さんの話は続いていく。たしか、月島さんは男性を見るのが好きで出会いの場に出かけていくと言っていたはずだ。身体の関係を結ぶためではなかったはずだ。しかし、外に出たということは、惹かれたのだろう。
「僕、月島さんと喫茶店で少し話して、一緒に銭湯に行ったんです。お泊まりの部屋がある銭湯で、僕、今夜のデートの相手だと思って、嬉しかったんです。かっこよくて、いい体をしていて、抱かれると思って、ドキドキしていました」
「あああ……」
ざわっと空気が揺れる。ママが、まあまあと、面白そうに顎を上げた。
「若かったんです、僕。誰かと繋がりたくて……、その、流れで、もっと親しくなれたらと思ったんですが。月島さんに、やんわり断られてしまって」
「あああ……」
俺は思わず月島さんを見る。本人は、ああ、と小さく息をついた。
「思い出しました。銭湯の帰り道に、ずいぶん真剣な目で見つめられた記憶がある」
「……本気でした。でも断られて、正直、悲しくて。月島さんは僕と話がしたかっただけだと言いました。その帰り道で出会ったのが、忘れられない人なんです。銭湯を出た後、ひとりでふらふら歩いていたら、声をかけられて。パチンコ屋の前で立ち話をして、そのまま飲みに行って……。その人、月島さんの知り合いだったんですよね?彼が、そう言っていました」
月島さんはゆっくりとうなずいた。そして、ママがぱんと手を叩いた。
「斎藤君じゃない!」
「斎藤……」
奥村さんの瞳が揺れた。月島さんが淡々と言う。
「彼とは当時、よく映画の話をしていた。あの日も近くにいたはずだ。君が落ち込んでいるところに、彼が現れた。それは偶然かもしれない。だが、僕はあの日、彼に“あの子は素直だ”と伝えた記憶がある」
「え……」
「すまない。こんなことになるなんて」
奥村さんの耳が赤くなった。そして、斎藤さんはどこにいるんですかとつぶやいた。その答えを、ママが言った。すぐ近くだと。
「今も二丁目をうろうろしてるわよ。出会いを探してるくせに、決めきれないの」
「そうなんですか。僕、あの日、月島さんに断られて、世界が終わったみたいな気持ちだったんです。でも、その直後に彼に会って。だから余計に、運命みたいに思えて。でも、その彼ともつながれなかった。だから僕は体を鍛えようと思って、ジムに通って、腹筋を割ろうと思ったんです。でも、なかなか好みの男性と出会えなくて、いやらしさのある男性にしか興味を持たれなかった。上品な人が好きなんです。でも、フラれたということは、僕はダメな人間ということでしょうか」
「いや、そんなことはないよ。その場で身体の関係を結ぶだなんて、無謀なことだ。よく知り合ってからがいい」
「でも、あの映画館は、そういう相手を選びに行く人も多いんですよ。僕、そのつもりでした」
「それはいけない。さっきまで肩に貼りついていた生霊のことを思い出してほしい。未練も、孤独も、形を変えて人にまとわりつくものだ。斎藤君とまた会えなかったのは、そういうわけだと思う。なあ、ママ、そうだろう?」
月島さんからの問いかけに、ママがグラスを置いた。
「斎藤君なら、今週も来てたわよ。会わないほうが不思議なくらい」
奥村さんの目が揺れる。
「避けられているわけでしょうか」
「避ける人は、同じ街に10年も通わない。君はその場だけの関係を結ぼうとした。神が止めたんだろう。一生付き合っていく人を求めなさいと」
月島さんの言葉は、きっぱりしていた。湯気の立つうどんが、まだ温かい。奥村さんは箸を取り、静かにすすった。
「……温かいです」
その声は、さっきより少しだけ明るかった。しかし、まだあの日の夜は終わっていないのかもしれない。
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