月下ノート

夏目奈緖

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 窓の外では、雲が切れて月が顔を出した。銀の光がテーブルの上を滑り、ノートの表紙に反射した。開きかけたページの隅に書いた文字が、光に照らされた。

 送らないと始まらない。
 届かなくても、送る。
 月の下で。

(拓海兄さん。俺はやっと送れた。この手で、あの頃の自分に。そして、あなたに……)

 すると、夏樹が立ち上がり、カーテンを少し開いた。そして、見て、月が近いよと言った。俺はその声に導かれるように立ち上がった。そして、窓辺に並んで立った。外の空気が、ほんのりと甘く冷たい。

 月は真上にあった。雲を払いのけ、まるで誰かが灯りを灯したように、白く世界を照らしている。それを見上げた瞬間、胸の奥で拓海兄さんの声が響いた気がした。

 ――圭一。怖がるな。
 ――ちゃんと前を向け。

 俺は頷いた。声には出さず、月に向かって。今なら、怖くない。夜を怖れた少年は、あの頃のままではいられない。光を失っても、人は自分で灯りをともせる。すると、夏樹が隣で笑った。

「ねえ、黒崎さん、来週の満月、一緒に見に行こうよ。海辺から。きっと綺麗だよ」
「ああ、いいな」

 自然と答えていた。拓海兄さんと見た月とは違う形をしていても、確かに同じ光を放っている。生きている限り、夜はまた訪れる。しかし、もう、怖くない。

 テーブルの上のアップルパイは半分ほど残っていた。俺はフォークを置き、ゆっくりとノートの表紙を撫でた。“月下ノート”――拓海兄さんから受け取った、たった一冊の記録帳。今日からは、新しいページを書き始めようと思う。

 窓の外では、風が微かに葉を揺らしていた。どこかで小さな鐘の音がした。秋と冬の境目の夜。月は黙って、それを見ていた。そして、俺も、黙って見つめ返した。すべてが、そこから始まるような気がした。
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