海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前10時半。

 8階のA1会議室にて、会議に参加している。1本目は室長と課長役職を集めたものだ。引き続き2本目は、第3四半期決算に向けてのものだ。

 コの字型に並べられた机の前にはスクリーンがある。担当者が資料を表示させつつ、説明されている。黒崎社長、深川副社長、役員のうち10名、マーケティング推進室からはチーフの枝川が座っている。経営企画部からの報告、今後の事業展開についての説明を受けている。

「収支構造面では、海外生産拠点を含めた……、コスト競争力の強化、研究開発費の適正管理、収益の改善を図り……」

 プロジェクターに資料が映し出された。手元の書類を読み進めながら報告を聞いた。全て終わった後、役員や部長からの意見が出される時間になった。

「千川生産本部長の意見では……」
「賛成です」
「経営企画部では……」

 隣に座っている黒崎からため息が聞こえてきた。気配で分かる。自分も同じ心地だからだ。今回のような重要意思決定の場において、いくつかの派閥が存在しているからだ。

 この黒崎製菓は、市場の中では安定した流れを持っている。このまま進めば安泰だと思っているのは、このメンバーのうち三分の一だ。業務の改善案は下の者に任せて、安定した場所から決定だけしようという考えが読み取れる。この船は沈むだろう。部下の士気に関わるし、若い社員が役職につくことをよく思っていない。

 黒崎ホールディングスとの合併を期に、人事が大きく動いた。役員を半数以上も入れ替えたのは、10年ぶりだと聞いた。若い世代が役職につき、子会社への再就職者が出るなど、多少の混乱があった。

 現在では落ち着いているが、新しい問題が起きている。誰に取り入れば有利かという、競争相手との駆け引きが生まれている。どこの世界でも同じということだ。

 俺の競争相手も、この場にいる。一方的にそうされてしまった。足を引っ張られるのを防ぎながら前に進むという、面倒くさい話だ。
 
 今後の事業展開の話し合いが続いている。それぞれが支持するリーダーに従うため、どんな流れになるのかも予想済だ。それを踏まえた上での提案を用意してきた。この流れを活用したい。

「……黒崎常務。営業企画部としては?」
「……賛成しかねます」
「……」

 黒崎がNOだと口にした。レースの相手が眉を動かしたことで、腹の探り合いがスタートした。その相手とは、経営企画部部長の千川、デザート事業部室長の山田だ。山田は、俺にとっても煩わしい男だ。

「……さっきほどの経営企画部部長の意見ですが。縮小する国内市場で、飽きやすい消費者に対して、華やかな広告・販売合戦を繰り広げるしかないとことですが、輸入菓子に頼るのは反対です」
「多様性があるからです」
「……低価格よりも、安全・安心・良質な美味しいものを求めるようになっています。わが社の強みの反対です」
「……」

 千川部長が押し黙った。黒崎が言い切ったことで、メンバーが旗色を変えたことが分かった。今回は、社としての大きな決定だ。それだけではなく、自分自身の立ち位置の決定の場でもある。黒崎社長と深川副社長は、眉ひとつ動かしていない。用意してきた提案を出すなら今だ。このタイミングで、深川副社長から指名された。

「……マーケティング推進室の意見を聞きたい。早瀬室長」
「……はい。輸入品は僕も反対です。国内投資の方向性を発表した後の戦略変更は……難色をしめします」
 
 はっきりと意見を出した後、山田室長が食いついきた。レースの始まりだ。

 何度も経験してきたことで慣れている。仕返しのような発言の予想がつく。これ幸いに利用させてもらおう。やや戸惑った表情をすることがポイントだ。突っ込ませてやる。

「それでは現行と変化がない。マーケティング推進室としては、新規路線を考えているんですか?」
「……それは、我が社のチャネル力があるからこその、コンビニにそれだけのスペースが確保できています。特徴的なパッケージのアイデアがあります。今週、開発部の試作を経て、来週の会議で提案予定です」
「ほお……」

 深川副社長が興味を示した素振りを見せた。それを受けて、さらに続けて提案をした。

「……チョコレート専門店をイメージしたものです。スイーツ男子の傾向によると……、コンビニ、洋菓子店の行き来……、それにより大学生の購買層を……」
「なるほど……」
「……」

 一気に新しい波が生まれた。活気づいた会議室内の空気の中、もうひと押しの時を迎えた。黒崎へ視線を向けた。あくまでも意見を貰いたいスタンスだ。

「営業企画部として国内市場への……、その方向性を考えています」

 黒崎が支持する旨を口にした。その新規路線の方向性を発表することも。これで意思決定の会議が終了した。午後から休暇が取れる。

 会議室を出ると、黒崎社長と深川副社長が立っていた。先ほどまでの決定事項への流れを労われた後、今朝の話題に移った。

「親父。今朝は助かった」
「タイミングがよかった。悠人君が膝を擦りむいていたよ。大学の保健室へ行くそうだ」
「そうでしたか。ありがとうございました」
「太ももも打っているから、歩きづらいだろう」
「これから迎えに行きます」
「そうやって休暇を取ってくれ。部下が取りづらい」

 本人が元気であること、落ち着いていたと聞かされて安心した。ああいう時は慌てふためくから、さらに失敗することがある。その事でも沈む事も知っている。早く迎えに行きたい。そう思った。
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