海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 あのハロウィンの夜に、早瀬と夜空を見上げた。南の方には、さそり座の一部である赤い星が輝いていた。10月31日生まれの星座だ。

(アンタレス。目立っているよね)
(……悠人君みたいだ。赤くて燃えている。今の君はそうだよ)
(そうかな?)
(……ベテルギウスは夏樹君だ。いい未来があるといい)
(そうだね!まだ夏樹には聞いたらだめだよね)
(……ああ)

 IKUエンタテインメントからのオファーを受けることは、早瀬の夢を叶えることでもある。それを夏樹への遠慮だと、問題をすり替えてしまった。たしかに間違いではなくて、目の前の意志の強い親友が、音楽という道を選択しないと決めたら、そこから動かないだろうという心配がある。

 自分はどうしたいのか?誰かを重ねて見られているとして、それが誰なのか知ったことで、気持ちに変化があるのか?変わらずに好きでいるだろう。悲しくてもいいと。

 至近距離で向かい合っている夏樹が、強い口調に変化している。ぼんやりして聞いていると、両肩を揺さぶられた。こっちを向けと語気を荒げている。まるでベテルギウスだ。オリオン座の一部である、大きな星だ。

「そうやって悩むぐらいなら言えよ。寂しいって」
「言えないよ!忙しいし……」
「悠人はね、怖がっているんだ。ガチンコでぶつかれなくて、ウジウジするなよ。1番でも2番でも関係ない。どうでもいい。……ちゃんと俺を見ろよ。俺はいなくならないって、早瀬さんに言ってあげろよ。……本当に誰かの面影を重ねているのかは分からないけどさ。早瀬さんも怖がりなら、言ってあげないとね。そうだろ?」
「うん……」

 まだ分かっていないと揺さぶられた。こんな夏樹を見るのは初めてだ。大学で絡まれた時とは種類が違う。

「早瀬さんのことが欲しかったら本気で求めろよ!欲しい物があったら自分の力で獲れよ!」
「夏樹……っ」
「目を閉じて」
「うん……」
「我が家の大魔王の魔法を架けてあげるよ。いい?よーく聞いていてね?」
「うん……」

 どんな魔法だろう?あれほど強い人のものなら、立派な格言だろう。しっかりと聞くために耳を澄ませて、その瞬間を待った。

「……いたいのいたいのとんでいけ!」
「うひぇー?」

 どうしよう?耳を疑ってしまった。俺でも使っている呪文だ。転んだ時に、こっそりと心の中で唱えている。まさか黒崎さんも同じだなんて、こんな呪文を必要とするのか。

「心が痛かったんだよね?早瀬さんのことを思いつつ、自分の気持ちを天秤にかけて、どうしていいのか分からなくてさ。もう痛みは飛んでいったよ~。さあ、ココアを飲んでプレゼントを選ぼうよ。帰りは黒崎製菓で、あの2人と合流するんだよ?笑顔で行こうね~」

 心が痛い。その通りだ。その痛みを乗り越えて、欲しいものを自分の力で獲ろうとする夏樹は、ベテルギウスのように強い力を放っている。俺の方は、アンタレスを目指そう。そう決めると、心が熱くて軽くなった。

「うん。変な魔法だったね。仕方ないから頑張るよ。いじめっ子上司の呪いだし」
「それなら良かったよ~」
「え……?」
「えいっ」

 バシ!背中を叩かれてしまった。けっこう痛かったから、叩き返してやった。

「叩く力が強すぎるよ!」
「悠人こそ口が悪いんだよ~っ」
「蹴ってやる!トリャー!」
「こっちこそ!」
「ブルー・キーック!」
「ショットーー!」
「いたた……熱くなってきた」
「戻ろうか。汗が引いたら風邪を引くよ……」

 戦いごっこをしていると、身体がポカポカ温まった。心も温かくなったところで、店内に戻って行った。
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