海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 ザワザワ……、ゴトゴト……。

 建物に入ると、外よりも賑やかだった。黒のスタッフTシャツを着た人たちが通り過ぎていく。首から下げたタオルで汗を拭きながら、イヤホンで会話をしている人もいる。遠藤さんが何人かと挨拶を交わした後、奥へと案内してくれた。その間、どうしてリクがタレントさんと走っていたのか教えてもらった。

「この会場の取材だったんだ。この辺りを犬と一緒に走る映像が欲しくて、リクがスカウトされたわけだ。君たちに会えたから良かった。うちの奥さんも来ている。今、リクは奥さんと一緒に居るよ」
「そうだったんですねー」

 あるドアの前で足が止まった。『ベテルギウス植本様』という張り紙がされた控室だった。ドアの向こうからは、話し声が聞こえている。遠藤さんが軽くノックをした後、ギターの音色が聴こえてきた。

「おーい、ユーリ達を連れてきたぞ」

 遠藤さんが声を掛けると、演奏がストップした。室内にはパイプ椅子に座ってギターを持っている植本さんがいて、俺達の方へ軽く手をあげた。何も緊張することはなかった。ギター教室の時のように、気さくに話しかけられたからだ。

「ユーリ、久しぶりだな!」
「元気だったか?」
「おかげさまで。おおー、悠人君も来たのか。あれからどう?ディアドロップがリハを終えたところだ」
「そうか。豪華な顔ぶれだね」
「楽しみだな」

 もしかすると、ここには佐久弥も訪ねて来るかもしれないと思った。気まずい空気になるだろうか。それとも、何でも無いだろうか。植本さんは早瀬との関係を知っている。すると、遠藤さんが植本さんに声をかけた。

「ステージ裏のスペースが使えるだろう?悠人君の演奏を聴いてもらえないか?」

 その言葉に驚いた。演奏を聴いてもらえるのは嬉しいことだが、いきなりのことに心の準備が出来ていない。

「あ、あの!遠藤さん!それはだめです!」
「どうしてだ?プロに聴いてもらえるチャンスだ」
「ギター教室でアドバイスを頂いたし。大勢の前で下手くそなのは、みっともないし……」

 今日のステージは、プロが集まっている。周りの人も耳が肥えているはずだ。そんな中で自分が弾くのは恥ずかしいことだ。すると、早瀬が首を振った。

「コンテストに出るのにか?恥をかくことは必要なことだ。聴いてもらえ」
「あ……」

 いつも優しくて茶化している早瀬が真面目な顔になった。てっきり、からかってくると思ったのに。もっと貪欲になれとまで言われた。その目は真剣で、NOとは言えないものだ。3人から見つめられている。ここまで言ってもらえること自体が有難いことだ。下手で当然だから、聴いてもらおうと決めた。

「ありがとうございます!弾かせてください」
「えらいぞー」

 早瀬から優しく背中を叩かれた。背中を押すために、ああいう言い方をしたのだろう。甘やかすだけでなくて、叱りつけることも出来る人だと思った。

 すると、植本さんがどこかへ電話をかけ始めた。そして『これからそっちへ行って弾かせたい』という言葉が聞こえてきた。

「……遠藤さんが連れてきた子だ。高宮さんがいるでしょう?是非とも聴いてもらいたい。ミッシュアップフェスに出ていた子だって、言ってもらえるか?……聞こえたのか。そう。ユーリも一緒だよ。……あ、佐伯君もいたのか。……ええ?目星を付けていたのかーー。遠藤さんからねー。いきなり会うのはやめておけ。……チャンスだけど。高宮さんに聴いてもらわないと分からない。GOサインが出た後にしろ。君が出せばいいけど。……これから行く」

 植本さんが言い淀んだ。早瀬の方へ視線を向けたから、何かあるのだろう。早瀬が頷いている。そして、電話が終わると同時に、植本さんからステージ裏に行こうと促された。

「悠人君。このギターを使ってよ。アリアが好きだって言っていたから、ちょうどよかった」
「はいっ」

 とうとうみんなの前で弾くのか。植本さんからは『楽しめ』と言われた。俺は緊張感のある空気が気になりながら、ステージ裏へと向かった。
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