海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前8時。

 マンションを出て、湾沿いの遊歩道を歩いている。これから出勤と通学だ。最寄り駅まで10分間の散歩だ。ここへ引っ越してから2ヵ月が経ち、この辺りにも慣れた。最初の頃は目新しい物が多すぎて、その度に足を止めた。このままだと間に合わないと慌てるほどだった。休みの日は早瀬と2人でこの島の探索に出て、面白い物を見つけている。まだ探し足りない。ここに引っ越してきて良かったと思っている。

 引っ越してきた時は暑かったのに、今では肌寒く感じるほどだ。早瀬と出会った時は半袖を着ていたのに、今は長袖のシャツ姿だ。そのうちコートを着るようになるだろう。こうして歩く度に季節の移ろいを感じるのは、一緒にいる証拠だ。

「こうやって歩くの、久しぶりだよ。夏休みが終わったんだなあ」
「そうか?なんだかんだ言って、駅まで迎えに来てくれていたじゃないか。朝も送ってくれていたし」
「それは……」
「嬉しかったよ。こうやって一緒に歩くのが好きだ」
「へへへ……」

 俺も同じ気持ちだ。この穏やかな風景のなか、仕事のことや大学、バイト先の楽器店のことを話した。いつも話していることでも楽しく感じている。する、早瀬が俺に話したいことがあると言った。一体何だろう。

「君に話しておくことがある。こうやって一緒に行けるのは、11月までだ」
「え?転勤とか?」
「それは違うよ。部長代理をやることが内定しているからだよ。会社の規定でタクシー通勤になる。事故に遭った時に会社に影響が出て来る心配があるし、時間効率を考えてのことだ。マンションの前で乗るのが決まりだ」
「そうなんだね」
「寂しいよ。こうして別々に朝出発するようになるから……」
「でも、お祝い事だよね?喜ばないといけないよ」
「そうか?」
「うん」

 早瀬が出世するということだ。いいことだから嬉しいと言ったものの、心の中では寂しさを感じてしまった。しかし、そうは言っていられない。この子供っぽさを直さないといけないと思った。

「すごいことじゃん!そういえば、黒崎さんがタクシー通勤してるよね?」
「そうだよ。部長以上が対象だから」
「寂しいけどさ。会社の事情があるから仕方ないよ。その分、早めに起きて、何かしようよ。夏樹は朝、黒崎さんに経済のことを習って勉強してるって言っていたよ?」
「そうなのか。追々に考えよう」

 早瀬がホッとした顔になったから、自分も笑った。この間から、早瀬が何か言いたそうにしていた。このことだったのだと分かった。俺ががっかりするといけないからだろう。俺なら大丈夫だと言ったけれど、寂しいのが顔に出てしまったようだ。無理をするなと早瀬から言われてしまった。

「悠人君。俺の前では本音を出してもらいたい」
「本音では寂しいよ」
「そうだ。それでいい」
「我が儘は言えないよ。良いことなんだからさーー」
「隠さないで欲しい」
「うん……」

 早瀬から手を握られた。優しい力だ。俺は寂しさを感じさせないように、彼の手を強く握り返した。すると、早瀬が笑った。俺らしくて良いのだと言ってくれた。そして、駅に到着し、人前で恥ずかしがる俺のことを思って、早瀬が手を離した。それを今日は寂しいと思ってしまった。
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