海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 午前10時。

 2時限目の授業を受けるため、741教室へと入った。さっきまで自習室でノートの整理をしていた。今まではカフェで時間をつぶしていたが、今は勉強時間に当てている。教室内はすでに人が集まっている。今日は成績表が届くから、その話題で持ちきりだ。俺達は3年生になる前に学部を選択する。それにはこの成績表が大事だ。

 真ん中あたりの列に進むと、すでに夏樹の姿があった。ノートを見ながら、ペンを走らせている。予習をしているのだろう。雰囲気がいつもと違っていた。どうしたんだろう?そう思いながら席に着いた後、その理由が判明した。

「おはよう。今日は眼鏡なんだね。コンタクトの調子が悪いの?」
「おはよう。目が渇くんだよ」
「似合っているね」
「そう?ありがとう~」

 夏樹が笑うと、周りにいた男どもが色めき立った。可愛いと言っている。ここは共学なのにと思って呆れていると、自分の名前を耳にした。

「悠人君が一緒だぞ。今日はいいことがある……」
「可愛いな~。首にタオルを巻いているぞ」
「……」

 高校生の時も、同じような環境にあった。だたし男子校だからだと諦められた。まさか大学でも同じだとは思っていなかった。男どもに可愛いと言われたところで、嬉しくもなんともない。

 先月のコンテストで入賞したことが、大学内で広まった。入賞後のステージが配信されたことが大きい。おかげで女の子に声を掛けられるようになった。6年間の男子校生活では女性と話す機会がなかったから、この大学に入って女の子と話す時は毎回緊張していた。今では普通に話せるようになった。

 俺は女性には優しくすると決めている。それが影響してなのか、女の子から『可愛い』と言われている。しかし、俺が目指しているのは『クールな男』だ。そういうわけで、口数を少なめにして、寡黙になろうとしている。しかし、なかなか上手くいかない。リアクションを出しては、女の子達から『こんな弟が欲しい』と言われている。

「ゆうとー?」
「……」
「おーい」
「ごめんっ、ボーっとしてた」

 夏樹から呼ばれたことに気づかなかった。しかし、彼は気にせずに、笑顔のままだ。彼のこともカッコいいと思っている。いざという時には、ビシッと物が言えるところにシビれている。

「ゆうとー、ラインが入ったみたいだよ?」
「そうだったんだ。ありがとう」
「どうしたの?」
「裕理さんから、ここに着いたら送れって言われていたんだーー」
「そっか。すぐに送ってあげなよ」
「うん」

 夏樹も黒崎さんにマメに連絡をしている。大学へ出かける前、大学に着いたとき、学食、帰る前、帰った後だ。何度か忘れたことで、喧嘩になっていたことがある。それを見て、大変だと思った。そして、早瀬は連絡してこいとは言わないから楽だと思ったら、最近そうでもなくなってきた。さっそく、早瀬からのラインを読んだ。

「『早瀬裕理 10:09  大学へ着いたのか?』」
「着いているよ。忘れていたよ、送信」
「『早瀬裕理 10:10 噛みつくよ』」
「やめて。嫌いになるよ、送信」
「『早瀬裕理 10:11 舐めてやる』」
「げえええっ」

 思わず声を上げてしまった。何ということを書いて送って来るのか。いつも言われていることなのに、文字で見ると印象が変わる。爽やかな見た目に騙されているだけで、中身は立派な変質者だと思った。

 するとその時だ。カツン!スマホを床に落とてしまった。夏樹が慌てて拾い上げてくれた。開きっぱなしだから画面が見えている。

「ありがとう。変質者チックなこと書かれてて、ビックリしたんだ」
「早瀬さんが?どんなことだよ?」
「えーっと……」

 どうしよう。夏樹は早瀬のことを、爽やかなイケメンだと思い込んでいる。エロさは皆無だとも言っている。実情を知ると、ドン引きしそうだ。早瀬の名誉に関わるかもしれない。
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