海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 10月15日、火曜日。午前10時。

 バイト2日目を迎えた。今日の午前中の作業分が昨日のうちに終わっている。他部署からのデーターが届くまで手持ち無沙汰だからと、別の仕事を手伝う。それが今日開かれるインターンシップのスタッフの仕事だ。

 黒崎製菓ではインターンシップの受け入れをしており、研修型、業務参加型、長期インターンがある。今日は3日間の研修型が開かれていて、その手伝いをする。営業企画部のみで受け入れているため、当日のスタッフも、この部署から割り当てられている。人手不足の面があり、声を掛けられた。

 今、インターンシップが開かれている大会議室にいる。夏樹は12月に開催する分に参加するそうだ。どんな内容だったのか教えてくれと頼まれている。ステージでは司会者の挨拶が始まり、今日はもう使わない受付を片づけた。長い机に並べられた配布用の資料を整理して箱に入れていると、枝川さんがやって来た。

「よかったら、30分ぐらい見ていくといい。このままオフィスに戻っても退屈するだろうから」
「はい」

 会議室の後ろの壁際に立って見学することにした。ついさっき、黒崎さんが挨拶を済ませたところだ。会場内に笑いが起きて、こっそり笑った。さらに司会者からアナウンスが流れたことで、会場内が静かになった。

「この時間を担当いたします、営業企画部よりご挨拶申し上げます……」

 紹介を受けて、ステージに上がったのは早瀬だった。参加者から溜息が漏れていた。それだけの爽やかイケメンが登場したからだ。清潔感が溢れたスーツ姿だ。同じく爽やかな笑顔を浮かべている。優しくて、キリッとしたものだ。その早瀬がマイク越しに話し始めた。

「みなさん、おはようございます」
「おはようございます!」

 イメージどおりの爽やかな声が響いた。さらに参加者が湧き立っている。かっこいいからだと思う。黒崎さんがステージに上がった時も同じだった。

「……営業企画部、早瀬と申します。先ほどの営業企画部部長の挨拶にて目を覚まされたようで、安心しました。スムーズに講義へ入ることが出来ます。ご協力、ありがとう」

 会場内から笑い声が立った。如月も枝川さんも笑っている。そして、自分も笑っているつもりで、そうでないことに気づいた。口に手を当てると、唇を引き結んでいたからだ。早瀬が女性たちから騒がれるのが面白くない。あの人は俺のものなのに。そんな了見の狭い思いが浮き上がった。これは仕事だから仕方がないと、自分に言い聞かせた。ステージでは、さらに早瀬による説明がされていく。会場内からのため息も増えた。

「……ここで重要なのが、みなさんへの接し方です。インターン生として受け入れる皆さんのことは、社員のように考えています。私達も本気で皆さんに向き合うつもりでいます。本気で取り組んで、成果を上げるといった気持ちで参加してもらいたいと思います。……毎回のアンケートや口コミによると、わが社は厳しいフィードバックを行うようです。……3日間、前のめりで楽しんでください……」

 早瀬の挨拶が終わった頃には、会場内が静まり返った。引き続き、早瀬による黒崎製菓の概要やプロジェクトの紹介が進んでいき、参加者への指名が増えていったからだ。ノートにペンを走らせる参加者は息をつく間もなさそうだ。

「B列の……。こちらの説明の中の……は、いかがですか?」
「は、はいっ」
「間宮さん。こちらは……」
「はいっ。私の考えでは……」

 早瀬によって、テンポよく指名がされていく。参加者は講義内容を聞き漏らすことが出来ないほどだろう。如月がため息をついている。彼もこのインターンに参加するから、頭が痛くなったと言い出した。

「室長はすごいな。全員の顔と名前が一致しているぞ」
「うん。覚えるのが得意なんだよ」
「一緒に暮らしているんだもんな?」
「そうだよ。天使と悪魔が混在しているんだ。大人と子供の共存もあるよ」
「へえ……。うわああ、ハードだなあ……」

 こんな人だったのかと、如月が驚いている。自分としては驚いていない。いかにも早瀬らしい。彼はけっこうドSだからだ。少し前なら、同じように戸惑っていたに違いない。

(一緒にいる時間が長くなったからだよね。いろんな面を見てるし。どれが裕理さんだろって迷っていたのになあ……。これが関係を作っていくっていうことかあ……)
   
 早瀨と出会って、まだ5カ月しか経っていない。結婚までしたとは言っても、お互いを知るには時間がかかることを知った。そして、ここまで誰かと真剣に向き合ったことがなかったから、戸惑っていたことも知った。すると、枝川さんから声を掛けられた。

「この資料をオフィスに運んでくれ」
「はい!」

 机の上にまとめた箱を持ち、如月と一緒に会議室を出た。
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