海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 20時。

 お茶をご馳走になった後、家へ帰っているところだ。車がゆっくりと発進して、来た道を戻って行く。そして、緩やかな坂道を下り、見慣れた大きな道路へ入った。

「気分転換になったじゃないか。リクも大喜びしていた」
「うん……」
「いい加減、気持ちを切り替えなさい。向こうは気にしなくていいと言っていただろう?その通りにすればいい。さあ、カレーを食べに行こう」
「うん。お腹が空いたよ」
「やっといつも悠人が戻ってきたか」
「人前で泣いたことには変わりないもん」
「そうだ、開き直れ」
「へへへ……」
「俺がいるから寂しくない。存在意義を奪わないでくれ」
「ごめんね」
「もの覚えが悪い子だ」
「なんだよ……」
「ああして泣けることが偉い。ご両親のことを大事にしている証拠だ。何も感じなかったら、泣かないだろう?それだけ想っているということだ。こういう優しさがある君のことが大好きだ。自信を持っていい」
「そんなことを考えたことがなかったよ」
「そうだろうね。悠人君はネガティブだからね。何年先には図々しくなる。別の意味でポジティブになるから、楽しみにしておけ」
「……」

 この人は魔法使いに違いない。いくつも鍵をかけて心の中に本音をしまうようにしているのに、いとも簡単にそれを解除して、心の中を見破ってしまう。その上で、いちばん最適な魔法を架けて来る。こんな魔法使いにかなうわけがない。

「裕理さんには、かなわないよ」
「どういうことだ?」
「すぐに元気にしてくれるからだよ」
「じゃあ、俺のことを元気づけてくれ」
「裕理さん。いつもありがとう」
「どうしたんだ?」
「そばにいてくれてありがとう。俺も裕理さんのそばから離れないからね!寂しくないよ!はい、元気が出た?」
「少し元気が出た。もっと元気づけてほしい」
「どんなことをすればいいわけ?」
「マンションへ帰ったら、浴衣を着てほしい」
「そんなことでいいわけ?」
「いや、オプションがある」
「どんなこと?」
「それはね……」

 早瀬が真剣な口調に変わったから、こっちも神妙な気持ちになった。顔を見合わせて話を聞くようにしていると、そのオプションを告げられた。その内容を耳にして呆れ返った。

「いいだろう?」
「よくないよ、バカ!」
「いたた……」
「この変質者!」
「ゆうとくーん、痛いよ」
「知らないから!」

 早瀬が笑いながら謝っている姿を見て、やっぱり魔法使いだと思った。後に引きずらないように、空気を変えてくれたからだ。店に着いた頃には、仲直りができた。そして、仲良く並んで店へ入って行った。
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