海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 緩やかな坂道になっている住宅街のなかに、遠藤さんの家がある。その斜め向かいには夏樹たちが住む黒崎家がある。もう何度も訪ねて来ている場所だから、景色が目に馴染んでいる。

 遠藤さん家の門の前で車を停車させた。インターフォン越しに中へ入るように促されて、敷地内に車を停めた。どこからか、カレーライスの匂いがして来た。

「遠藤さん家かなあ?」
「いや、風向きは反対だ。夏樹君の家の方じゃないか?」
「ふむふむ、クンクン……」

 鼻の良さには自信があるから、そっちの方角を向いて匂いを嗅いだ。どうやら早瀬の予想は正解のようだ。黒崎家の方からカレーの匂いがしている。

「どうだった?」
「正解だよ。帰りに食べに行く店、予約してないよね?今夜はカレーが食べたい」
「同じことを考えていたよ。スープカレー店、多国籍料理店、羽柴アイランド内の洋食店、どれがいい?」
「迷うなあ……」

 話しながら玄関の前に来た。インターフォンを鳴らすと、すぐに玄関が開けられた。出迎えてくれたのは佳代子さんだ。後ろからはリクが走って来た。いつものように、熱烈歓迎を受けてしまった。

「いらっしゃい」
「こんばんは」
「わああ~、リク、元気だね」

 さっそくリクから遊びに誘われた。つまりは庭で走ろうというものだ。しかし、外は暗いし遅い時間だ。抱きついて来るリクをなだめているうちに、早瀬が佳代子さんにお返しを渡していた。

「先日のお礼です。悠人が喜んでいました」
「まあ、気を遣わせたわね」
「うちの会社で新しく発売する、ドレッシングのセットです」
「嬉しいわ。前に頂いたものが美味しくて、主人が買ってきたの」
「ありがとうございます」
「リク……、外は暗いからダメだよ……わわわっ」

 バッグの紐を引っ張られてしまった。ちゃんと躾けをされた子だが、心を許した人間には、けっこう無茶なことをしている。

「こら、リク!」
「……」

 佳代子さんから叱られて、リクが大人しくなった。頭を撫でであげていると、二階から遠藤さんが降りてきた。

「こんばんは!」
「こんばんは。すまないね、電話が掛かってきていたんだ。次の土曜日にスタジオへ行くよ。いいかい?」
「もちろんです」
「2人で晩ご飯を食べにきてちょうだい。その日はどう?」
「えーっと……」
「喜んで。悠人とお邪魔します」
「よかった~。好きなものを用意するわよ。何がいいかしら?」
「カレーが食べたいです」
「そう?黒崎さんのお宅からの匂いに釣られたのかしら?」
「へへへ……」

 その通りだから照れ笑いをすると、遠藤さん達が笑い声を立てた。俺の鼻が良いのを知っているからだ。温かい玄関の照明の下で、両親よりも年上の男女と話している。照明と同じく暖かな笑顔を向けられている。こんな経験がなかったから新鮮だ。並んで立っている早瀬も笑っている。すると、だんだん涙が出てきてしまった。どうしてだろう?悲しいことなんかないのに。新しい居場所づくりが出来たというのに。

「……っ」
「あら、どうしたの?」

 佳代子さんから背中をさすられた。抱き寄せられて頭を撫でてくれた。大学生にもなってみっともないと分かっているのに、そのままでいた。早瀬が苦笑しながら背中を叩いてきて、遠藤さん達に、簡単に事情を話してくれた。両親とのやり取りで、最近疲れているのだと。

「遠藤さん、ごめんなさい……」
「いいんだよ。中に入っていきなさい」
「お邪魔になるので……」
「そんなことないのよ?こんなに泣いていたら、ご飯が美味しく食べられないでしょう。リクと遊べば元気が出るわよ。良かったら……」

 早瀬が軽く頷いた。そして、遠藤さん達に迎えられて、家の中にお邪魔した。
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