海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 父たちの会話は続いている。ソファーに腰かけたから、しばらく時間がかかるだろう。話し終わった時に、タイミングが合えば声を掛けようと決めた。

(白澤さんからは、そこで待てって言われたけど……)

 そのソファーは父たちが使っているので、ここで待つことにした。資料室と表示されたドアのそばには、くぼんだスペースがあった。棚が置かれていて、待つには良さそうな場所だ。白澤さんから見えるようにして立った。

 カタカタ……。物音と一緒に足音が近づいてきた。振り向くと、大きな箱を持った白澤さんが向かってきていた。

「手伝います」
「いいんだよ。大丈夫。そこのドアを開けてくれ」
「はい」

 資料室のドアを開けると、白澤さんが入って行った。追いかけるよう自分も中へ入った。電気がついていなくて薄暗かった。

 白澤さん横に、スイッチがあった。すぐに手を伸ばしてスイッチを押そうとすると、手首を掴まれてしまった。何が起きたのかと状況を飲み込もうとする間に、壁に手首を押し付けられた。

「白澤さん?どうされたんですか?」
「冷静だなあ。普通は慌てるだろう」
「離してください」
「いいじゃないか」

 冷静を装っているだけだ。ここは職場だから、こんな失礼なことをされても、突き飛ばすわけにはいかない。やんわりとかわして逃げるのがいい。襲われたと騒いだところで、誤解だと言い逃れをすることは分かり切っている。ましてや、自分は男だ。ちょっとジャレていたんだという言い訳が通用するだろう。たとえ自分が女性でも、相手は逃れることが出来る。だからハラスメントがなくならないと授業でも習った。
 
「白澤さん、手を離してください」
「強気だなあ」
「もう一度言います。この手を離してください」
「久田君と話たかったんだよ。逃げるだろう?」
「普通に話せますから。でも、もう会話をする意志はありません。この部屋から出たいので、離してください!」
「……っ。待てよ」
「手を離してください!これ以上、近づかないでください」
「へえ……、早瀬に報告するのか」

 部屋を出た。すると、白澤さんが追いかけてきて、肩に手を掛けて来たから、右足を振り上げた。そして、自分たちの間の壁を蹴った。さらに目を逸らせずに足を降ろした時に、背後から声が掛けられた。

「君たち、何をしている!」

 振り返ると、ソファーの方から、父たちが走って来ていた。わりと距離があるしスピードがあるのに、父の表情がはっきりと分かった。顔を強張らせていた。そして、真っ先に俺の元へ来て、白澤さんとの間に立った。

「さっき、この子の肩を掴んでいたところを見ましたよ」
「呼び止めていただけですが?」
「離してくださいと、意思表示をしていました。あなたはさらに肩を掴んだ」
「それは……」

 白澤さんがいけしゃあしゃあと言い訳を口にした。こんな緊迫した空気の中にいて、何もしていなくても焦る方が普通だろうに、平然としていた。慣れていると感じたのは正解だったようだ。顔をこわばらせている父の前でも平気な顔をしている。

「言い掛かりです。問題ですよ」
「……」

 これ以上の会話をしたところで何もならない。釘を刺すことには成功しただろう。俺は白澤さんの方を向いて言った。

「僕は手を離すように、3度意思表示をしました。この部屋から出せとも告げました。そして、僕は部屋を出ました。それにもかかわらず、白澤さんは僕の肩をつかみました。どういうことか分かりますよね?」
「何もしてないのに?呼び止めただけじゃないか」

 シラを切り通すことが見え見えだ。こんな人には言い切ればいい。

「二度と、僕に触れないでください」
「まだバイトがあるのに?」
「久田弁護士がこの場を見ています。それでも仰るんですか?」
「え?」

 白澤さんが表情を変えた。父とは同じ職場で働いていないから、顧問弁護士の顔など知る機会もないだろう。今更のように焦り始めている。父が呆れたような声を出した。

「私はこの子の父親です」
「え?」

 さらに白澤さんの顔が強張った。すると、会議室の方から、慌ただしい足音が聞こえてきた。如月と枝川さんだった。白澤さんが平然として、2人に声をかけた。何でも無いと言っている。しかし、如月と枝川さんの様子を見ると、そうでもない。俺は危なかったということだと分かった。

「久田君!」
「あ……」
「どうしたんだ?」
「……っ」

 枝川さんの顔が引きつったのは、気のせいではないだろう。さっきの状況を目撃していないのに、この慌てぶりには違和感がある。白澤さんが何をしていたのか、察しているということだろうか?すると、枝川さんが、もう一人に頭を下げた。

「久田弁護士、高野さん、お世話になっています」
「こちらこそ」
「あの……」

 枝川さんが白澤さんに声をかけた。白澤さんは平然としている。父が睨み付けるように見ると、目をそらした。

「白澤さん。こちらで何かお探しでしたか?」
「いや、資料を片づけに来たんだよ」
「平田が担当ですよ」
「手が空いていたからだ。今ね、久田君に誤解をされたんだよ。力が強かったみたいで……」
「そうですか。後は僕たちで片づけますので」
「そう?頼むよ」

 インターンシップの講義が終わったのだろう。会議室の方から、参加者の話し声や廊下へ出て行く足音が聞こえてきた。白澤さんがオフィスに戻っていった。その後ろ姿を見つめていると、向こうから早瀬が歩いてきた。白澤さんとすれ違う手前で、彼の表情が険しいものに変わった。

「室長、失礼します」
「お疲れ様です」

 白澤さんがエレベーターの方へ向かうのを見届けた後、何があったのかと、みんなから聞かれて、話し始めた。
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