海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖

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 コポコポ……。

 ポットから珈琲を注ぎ込むと、ふんわりと甘みのある香りがした。常連になったカフェで買ってきた豆で、クッキーのような匂いが気に入ったものだ。

「クッキーみたいな匂いだね」
「もう一つ、買いに行こうか。200グラムだけ買って来ただろう?」
「うん。お試しで。今度は苦味が強いやつがいい」

 すっかり早瀬が大人しくなっている。さっそく飲んでいるのは、目覚めの一杯というものだ。軽く目を閉じていた。

「美味しいよ。飲んでごらん」
「ふむふむ……」
「いただきます」
「いただきまーす」

 朝ごはんのスタートだ。チーズを乗せただけのトースト、ちぎっただけのレタスサラダ、ドレッシングは黒崎製菓のもの、卵焼きと味噌汁だけが手作りだ。それでも喜んで食べてくれている。

「もっと上達したら、たくさん作るよ。和食がいいな」
「煮物を頑張るか?」
「夏樹に習おうかな。あの子は和食が得意なんだ。唐揚げも上手だよ。好きだよねー?」
「ああ、好きだよ。塩コショウ派。醤油入りは好きじゃない]
「ふむふむ。明後日、チャレンジするよ。今日はどうする?遠藤さんとご飯を食べる約束だけど」
「ごめんね。行けない。京橋駅の近くで食べるだろう?帰りに迎えに行くよ」
「うん、分かった。無理しないでね?」
「大丈夫だよ……」

 今日は夕方から、遠藤さんと鉄板焼きの店へ行く。早瀬も誘われていたが、10日後に部長代理への就任が控えていて、バタバタしているから行けない。他の会社との業務提携など、次々に用事が入っている。

 会食で遅くなる日を、リビングのカレンダーに書き込んでもらった。大学のスケジュール、バンド練習も書いておいた。こうしてなるべくすれ違いがないようにしている。同じ家に住んでいても、時間帯がズレると喋れない。せめて、お互いの予定が分かれば安心するだろうと思ってのことだ。

「来週中は帰りが遅くなる。第2四半期決算発表があるからだ。業務提携もある」
「ニュースで見たよ。ワタベ電機だよね?生産ロボットを作ってもらうって」
「そうだよ。12月に入れば、時間が出来るからね」
「ありがとう。年末にかけて忙しいだろ?こ夏樹から聞いたんだけど、飲み会のラッシュだって……。営業企画部だし……」
「圭一さんと分担できる。同じ席につくのは、社内の忘年会ぐらいだ」
「12月7日は、食事に行くんだよね?」
「ああ。たくさん食べられるレストランだ。聞いたことがあるかもしれない」
「どこの店?」
「銀杏ホテルの、人気のビュッフェレストラン」
「知ってる!種類も豊富なんだよねー?その店が目当てで泊まる人が多いって聞いたよ。裕理さんの誕生日なのに……」
「楽しく祝って貰えたら、それでいい」
「あ……」

 どうしよう?胸がキュンとした。顔まで赤くなってきた。それを誤魔化す様にして、キッチンの方を見た。

「えーっと。味噌汁の、おかわりはどうする?」
「おかわりをもらうよ」
「ワカメ多め?」
「多めでお願いします」
「まかせて!」

 意気揚々と、味噌汁鍋の蓋をあけた。海藻サラダのような量のワカメが浮いているのは、入れる分量を間違えたからだ。どうも加減が難しいが、体にいいから問題ない。さっそく、自分の分もおかわりした。
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