アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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21-1 引っ越し当日

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 5月30日、木曜日。午前8時。

 とうとう黒崎家の新居に引っ越す日がやって来た。黒崎は今日と明日の2日間、仕事の休みを取った。お互いに引っ越しの荷物整理を進めていき、後は運び出すだけになった。

 段ボール類が並んでいるキッチンを眺めた。今朝は昨夜テイクアウトしたおかずを朝ご飯に食べておいた。昼ご飯がいらないぐらいに食べた黒崎が、俺の小食を心配した。今日の慌ただしさと楽しみな気持ちで胸がいっぱいになり、いつもより朝ご飯が入らなかったからだ。今も心配されている。

「夏樹。親戚の者が訪ねてくるかも知れないが、出なくて構わない。俺が手が離せない時は、父を呼べ」
「平日の時はどうするんだよ?」
「来るとしたら、父が在宅している土曜と日曜だ」
「そうなんだね」

 新居に引っ越した後、黒崎とお義父さんから気を付けるように言われていることがいくつかある。たぶん親戚の人が俺に会いに来ると思うけれど、慣れるまでは、会わなくて良いから、黒崎かお義父さんが対応するということだ。訪ねて来たら、すぐに黒崎かお義父さんを呼ぶという約束をしたところだ。でも、疑問がある。来る前に電話が入るのではないかと言うことだ。それを黒崎に聞くと、忙しいからと言って断られるだろうから、近くまで来たついでということで、いきなり来るだろうという話だった。

「黒崎さーーん。俺、ちゃんと挨拶したいんだ。あんたと一緒なら大丈夫だからさ。親戚の人に会ってみたいよ。来るとしたら、お兄さん達の可能性が高いんだろ?」
「まだだめだ」

 黒崎が言うには、いろいろと詮索してくる人が居るだろうということだった。でも、お兄さん達の場合はそうでもないと言っていた。早く慣れたいと思っている。でも、黒崎からすると、俺の心の荷物を軽くしたいと言うことだ。

「大学に入ったばかりだ。やっと電車通学に慣れてきた頃だろう。悩みが増えると怪我をしかねない。言うことを聞いてくれ」
「うん。分かったよ」

 俺は素直に頷いた。近所づきあいはしてもいいことになっている。早速お義父さんが新居の向かいに住んでいる遠藤さん夫婦に、俺達が引っ越してくることを話したそうだ。当日は手伝いに来てくれると言っていた。申し訳ないと思った。でも、俺が早く慣れるためだから、黒崎の方からもお願いしてくれたそうだ。

「今日は遠藤さんが来てくれるそうだね。お土産を気に入ってくれるかな?」
「大丈夫だ。菓子類は何でも好きだそうだ。俺の方からも用意した。黒崎製菓で発売する新商品だ」
「あのドレッシングだね~。美味しいから喜んでもらえるよ!あ……」

 ピンポーン。

 インターフォンが鳴った。引っ越しの業者さんが来てくれたようだ。新居では、お義父さんと遠藤さんが待ってくれているそうだ。期待に胸をわくわくさせながら、玄関の扉を開けた。新生活の楽しみと、短い間だったけれど、ここに住めて良かったという思いを胸に込めながら。
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