アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 悠人の手によって一音が鳴り響き、旋律の波へ浮かぶイメージをした。歌声は波に浮かぶ船だ。同じ海を渡っている。黒崎との出会いの中で起きた波を歌うと、旋律の波が歌声と絡んで、一つに結ばれた。

「全ては偽物だと言った。いつか会えなくなっても……、君しかいない……」

 低音から高音域へ進んでも楽に歌声が出せた。讃美歌を歌っている時は引っかかりがちな部分なのに、不思議とリラックスできた。
  
「未来も信じられる……、大切にしてきたものは大きくてーー」

 黒崎と出会った頃は、毎夜祈っていた。その大切な時間の中で、自分のことばかりを祈っていた。逃れられないと呪いをかけてもがき、明るい場所がある事を否定し、自分の意志で暗い場所へ踏み留まっていた。あの頃、一体俺は何を怖がっていたのか?裏切られると思ったのか?おいで、そう手を差し伸べられても進まなかった。そして、強引に引き上げて来たのが黒崎だった。

 そういう思い出を歌っている間、なんだかしんみりした空気になり、照れくさくなった。そして、流れを変えようと思い、今の俺達のことを歌声に乗せることにした。

「九条ネギを植えたい~、豆腐の値段でケンカした~、エロじじいー。メッセージカードで団扇を作ってやったー、俺の部屋にー、置いてあるー」
「ええええー?」

 悠人が驚いていた。ずっこけそうだ。文字通りの行動を初めて見たから笑いたくなった。そして、ラストへ向けて歌声を上げた後、最後の一音が空間へ吸い込まれて、温かな拍手をもらった。黒崎の方を見ると、笑っていた。俺は拍手と笑顔を贈られた状況が信じられなくて、やり遂げた達成感に、体中が痺れていた。そして、悠人が言った。

「なつきーー。他の曲にも歌詞を書いてよ!桜木さん、ライブでやろうよ。バンドコンテストでも使いたいです」
「うん。頑張ろうね!」

 聡太郎が満開の桜のような笑顔を浮かべた。彼が持ってきたヴァイオリンは、昨日届いたばかりのものだ。やめたものを再開させるなら、協力してくれた人達の前がいいからと、今日初めて弾いたと教えてくれた。そして、まるで初めてギターに触れた時の気分だと言っていた。

 俺はどうだろう?たった今、やりたいことを見つけた気分だ。今日は俺にとっては、新しいスタートの日にしよう。

「見つけたよ……。黒崎さん、やりたいことを見つけたよ!歌をやりたい!」 
「さっきの嫌味な歌詞は置いておく。歌っている時が、一番いい顔をしている」 
「うんっ。……やり続けたいものを探していたんだ。色んな事に手を出して来たけど、どれもピンと来なかったんだ。これからは、悠人が作った曲に歌詞を付けたい!」
「もちろんだよ、やろうよ!まだ他にもあるよー」 
「うん。ずっと歌っていくからね……」

 今までいろんな事に手を出してきた。そして、ずっとやり続けたいものに出会った。悠人の旋律に、こうして詩を編み込んでいきたい。

 19歳、6月9日。この日が俺達にとっての記念日になった。
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