アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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30-11(夏樹視点)

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 14時。

 昼ご飯を食べた後、黒崎達がオフィスに戻っていった。俺と如月と深川さんは店に残り、3人で話した。深川さんが喜んでいた。大学生から刺激を受けて活力が出たそうだ。

 今、如月と別れた。これから帰るから、深川さんが正面エントランスまで送ってくれている。俺はそこからタクシーに乗る。一階のロビーを抜けるのが近道だということで、ロビーの中を通っているところだ。

「今日はありがとうございました」
「どういたしまして。おかげで楽しかったよ。元気になってよかった。黒崎社長がコンテストを楽しみにしているそうだ。すっかり若返っているよ。持ち物も変わってきたぐらいだ」
「そうなんですか?いつもと同じ感じですけど……」
「いや、変わったよ。生き生きしている。……ん?」

 深川さんが足を止めた。ソファーに座って話をしている人達のことを見ている。その3人の中に、晴海さんの姿があった。さっきの店の中で、黒崎達の会話が聞こえていた。晴海さんは役員を退任させられるということだった。そのことで争いが起きそうだと言うことも聞こえていた。

(ここに来たのは仕事かな?一緒にいる人は誰だろう?早く帰らないと……)

 ここで話すことは出来ない。深川さんから。すぐにロビーを出ようと促された。

「……夏樹君、急ごう」
「……はい」

 まるで逃げるようだ。しばらくは仕方がないことだと諦めている。そこへ、タイミングの悪いことが起きた。前から歩いて来たグループとすれ違った時に、その中の一人が、晴海さんへ声をかけた。挨拶を交わした流れで、俺たちに気がついてしまった。晴海さんが俺達の方を見ている。

「ああ……」
「こんにちは」

 軽く会釈をして立ち去ろうとしたら、晴海さんから呼び止められた。深川さんのことを見つめながら、顔を引きつらせている。

「……深川さん!」
「……久しぶりだね。ここで会議だったかな?」
「取締役会の帰りです。役員人事の件を聞きました」
「もうすぐ任期満了だったか?」
「とぼけないでください。再任される可能性がないと耳にしました。あんたの横槍だろう?」
「……僕は何も言っていないよ」
「この先の見通しを言っただろう?聞いたぞ!」
「R&W社の財務諸表を見ての意見は口にした。それだけだよ」
「役立たずだと言え!」

 晴海さんが興奮し始めた。ロビーにいる人たちが遠巻きにして見ている。しかし、すぐに視線を逸らして、向こうへ行った。晴海さんを見て、ため息をつく人もいた。

「ここで子供のような真似はやめてもらいたい。いい大人だ。おまけに役員だぞ。同席している社員もいる」
「俺のことを追い出すつもりか?」

 深川さんが受付の人を呼んだ。慌てて出て来た人へ俺のことを預けるようにした。

「この子をタクシーへ送ってもらいたい」
「かしこまりました」
「俺もいますから」
「巻き込んでしまう。先に帰りなさい」

 背中を押されてエントランスに促された。それでも、こんな状況で帰るわけにはいかない。受付が騒がしくなり、一人が慌てた様子で電話をかけ始めた。常務、そう口にしている。

「きゃあ!」
「……っ」

 俺の前にいた受付の女性が、小さな悲鳴をあげた。振り向くと、晴海さんが深川さんに掴みかかっていた。周りにいた男性が駆けつけてきた。

「下がっていろ。すぐに終わる」
「警備員を!警察を……」
「呼びたきゃ呼べ!どうせ終わりだ!」

 晴海さんが大声で言った後、深川さんの胸ぐらを掴んだ。そして、振り上げられた右腕を深川さんが咄嗟にかわし、俺の方を見た。

「夏樹君!向こうへ行け!」
「行けませんっ」

 深川さんと晴海さんの間に入ろうとした。しかし、晴海さんの力が強くて引き離せない。掴んでいる手を離そうとしなかった。

「……なんだ?お前か」
「……あんた、大人しくしろよ」

 晴海さんの右腕を掴んでねじ上げた。黒崎から習った相手を押さえこむ方法だ。しかし、すぐに暴れ出した。捨て身になっているからだ。そして、晴海さんが右足を振り上げ、蹴飛ばされてしまった。かろうじて転ばずに済んだものの、左足に痛みが走った。

「……いたたた」
「……っ」

 バランスを崩したタイミングで、晴海さんが深川さんに襲い掛かった。まるでスローモーションのような視界の中で、晴海さんの背後から抱きついた。
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