アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 22時。

 パーティーが終わり、レストランの外へ出た。冬の冷たい空気の中、黒崎と二人で空を眺めた。お互いの吐く息が白い。繁華街の中にレストランが建っているから、歩道に出ると、クリスマスムード一色の光景が広がっていた。このままタクシーに乗って帰るのは勿体ないから、少し歩くことにした。

 話題は西原先生が田中先生を好きになったきっかけのことだ。俺と森本が田中先生に悪戯をしようと思い、わさび入りのマフィンをプレゼントしたことがある。わさびは少量だった。先生から美味しくなかったとか、辛かったとかの感想を聞かせて貰うつもりだった。先生は全部食べたそうだ。食べ物を残すのは悪いと思うし、わざわざ美味しくないものを作るのはいけないと俺達に叱っている姿を見て、西原先生が先生のことを好きになったそうだ。この話は生徒達の間に広まった。でも、まだ理由があった。それをパーティーの時に先生達から聞いた。

「西原先生が辛そうだから食べるのはやめた方がいいって言ったら、田中先生が”緑色なのは青汁かもれない。わさび風味の匂いかも知れない”って言ったんだって。それを確かめた後に叱りたいから食べたんだ。西原先生は、田中先生が面白くて温かい人だって知ったんだね。田中先生は学年主任だし、取っつきにくいイメージがあるそうだよ。今までお見合いがうまくいかなかったって言っていたんだ。でも、素敵な人と出会うためのステップだったんだね」
「大人発言だな。泣いていたくせに」
「何だよーー、あんたが……」

 思い出すと恥ずかしい。帰りに二人からお礼を言われた。西原先生が、ふくらんだお腹を優しく撫でていた。焼きもちなんか必要ないと思うのに、黒崎と二人で食事をしていた光景を想像し、モヤモヤした気分になった。それを西原先生に見抜かれてしまい、恥ずかしくなった。

 お互いに別々の道を歩き、生まれる前から決まっていた『誰か』と出会った。偶然のように恋に落ちて、一緒に歩く道を選んだ。そこへ行き着くまでには、いろんな停留所がある。

「夏樹。富士山が頂上まで真っ直ぐな登り道だとしたら、登る気になれるか?」
「ううん。途方もない感じがするよ」
「俺も同じだ。途中に休憩できる場所があるからこそ、登る気になれる。お前と出会うまで、良いことも悪いこともあった。こうして出会うためのステップだと思えば、いい思い出になった」
「黒崎さん……」

 黒崎の体に飛びついた。ちゃんと加減をしたから、しっかりと抱き留めてもらった。そして、濃いグレーのコートに顔を埋めた。

「俺と同じ匂いがするよ。同じ家にいるもんね~」
「そうか?お前のコートからは、甘い匂いがするぞ。カフェで食べたスイーツの匂いだ」
「ふふん……。照れているんだね?」
「そんなわけがあるか……」

 素っ気なく言い返された後、黒崎から抱き寄せられた。お互いのコートから同じ匂いを感じ、一緒に暮らしていることを実感した。

 同じベッドで朝を迎え、寝顔を見つめながら目を閉じる。夜中には暑くて目が覚める。体温の高い黒崎から抱きつかれているからだ。離れても引き寄せられている。でも、黒崎のことが好きだから我慢できる。

「夏樹」
「黒崎さん……」

 そっと顔を近づけた。キスをしたくなったからだ。黒崎の方もやめようとはしなかった。この時間は人通りがあるのに、彼らしくないと思った。でも、甘くてクラクラするような眼差しを向けられたから、どうでもよくなった。

「泣かせた埋め合わせをする。もう一度、誓ってやる」
「え……?」
「病めるときも、健やかなるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを、誓う」
「黒崎さん……、うっうっ、ひっく」

 今日は水分不足だ。干からびてしまうからもしれない。さらに涙が流れ始めたからだ。

「ひっく。じゃあ……、もう一回聞くよ……。嘘つきは針千本、飲まされるって知っている?」
「ああ、何万本でも飲んでやる」
「黒崎さん……っ」

 込み上げて来た愛おしさを伝えたくて、黒崎の唇へキスしようと顔を近づけた。しかし、勢いが付き過ぎてしまった。ゴチッ。お互いの歯がぶつかった。

「痛いよ~~」
「ばかやろう……」

 せっかくのムードをぶち壊してしまった。タクシーに乗ってマンションへ帰るまで、黒崎からの小言を聞き続けたのだった。本日二回目だ。これからも続くことが確定していることが嬉しかった。そして、夜が更けていった。
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