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6-1 クリスマス
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12月24日、土曜日。午前9時。
今夜はクリスマスイヴだ。ソワンというレストランで食事をして、イルミネーションが点灯された街並みを散歩して帰るという、普段と変わらない夜を過ごす。
黒崎がいろんなプランを立てようとしてくれたのは知っているけれど、あえて普段通りがいいと頼んだ。2日間の休みが取れたからこそ、ゆっくり過ごしてもらいたい。3月末からは新しい体制で働くから、スケジュールにほとんど余裕が無いだろう。賑やかなスポットには、お互いに足が向かないのも理由だ。
朝ごはんの片づけを終えて、布きんでシンクをふき取った。この布きんは同じ階に住んでいる細川さんからのおすすめだ。我が家のマストアイテムになった。だんだんと生活感が出てきたキッチンなのに、春になると引っ越ししなければならない。寂しいと思った。黒崎も同じだと言っていた。その彼は今、リビングで新聞を読んでいる。そして、たまにボールを転がしては、アンと遊んであげている。
「黒崎さーん。珈琲を飲む?」
「飲みたい。手伝わなくて構わないか?」
「手伝ってよ。コーヒーメーカーの使い方をレクチャーしたいし」
黒崎が家事を覚えようと、チャレンジしている。手先が器用だし物の扱いが丁寧なのに、どういうわけか家事となると不器用になる。お茶の葉をまき散らし、お鍋で卵を沸かすと吹きこぼれる。どうしてそうなるのか分からないぐらいに散らかったこともある。本人が落ち込まないのがよかった。でも、効率が悪いからやらないと言い出して、喧嘩になりかけたことがある。
黒崎が丁寧に珈琲豆を機械にセットして、スイッチを押した。まずは成功した。いい匂いが漂ってきた頃、出来上がりの音が鳴った。用意してあるカップに注ぎ入れ、リビングへ持って行った。これで褒めると完了だ。
「黒崎さん。さすがだね!何でも出来るから家事が苦手でもOKだよ。でも、カッコいい姿を見たいんだ。美味しそうな珈琲だね~。んん、美味しい」
「そうか?」
「そうだよ!」
「……美味い珈琲だ。これは新しい豆か?」
「うん。先週行ったカフェで買ったやつだよ。あんたが美味しいって話したやつ」
「どうりで。他にも何種類かあったな?」
「うん、5種類は置いていたよ。また行こうよ。リブレの近くだし。あのパンケーキが美味しかったな~」
「今夜はクリスマスディナーだ。この間のように、スイーツを食べ過ぎるな」
「う……。忘れろよ~っ」
「忘れたくても忘れられない」
「ふふん。物忘れが激しい人なのにね。あんたの記憶に焼き付けることが出来たことを光栄に思うよ」
「……おい」
「……聞き流してよ」
俺が好きな和食店、鹿やで食事をした日のことだ。出かける前に、細川さんから貰った和菓子とスコーンが美味しくて、たくさん食べてしまった。その結果、一番の楽しみの茶わん蒸しが入らなかった。泣く泣く、黒崎に食べてもらったわけだ。分かっているのに止まらなかった。
今日の午前にお菓子が届くから、事前に釘を刺したのだろう。お義父さんからのクリスマスの贈り物だ。何十年ぶりかにプレゼント選びをするから、一か月前から心が躍ると話していた。デパートでお菓子を選んで送ってくれる。自分で買いに行くのも珍しいそうだ。秘書さんの付き添いなしで。
「9時半に届くと聞いているぞ」
「どうして、その時間なのかな?宅急便だもん。時間の幅があるのにね?」
「あの親父の考えていることだ。何かあるだろう」
黒崎が眉間に皺を寄せて、ため息をついた。けっして仲のいい親子ではない。ごく普通の会話をしたことすらないらしい。これから関係を作る。気軽に電話ができるようになりたいと、お互いが話をしている。俺に対してだ。
「……俺は隆さんが好きなんだ。優しくて面白いよ?もっと話してよ。昔の姿は知らないけど、ホテルスタッフさんと笑っていたじゃん。冗談を飛ばしたし」
「お前が一緒にいたからだ。怖がらせたくないし、少しでも打ち解けてもらいたい。それだけ可愛がっているということだ。……受験が終わった後、遊びに連れ出すつもりだ。ショッピングモールへ行きたいそうだ」
「うんっ。行く機会がなかったから、楽しみにしているそうだよ。何かショーをやっていたらいいけど。せっかくだし……」
「やっと父親らしくなったというか、父性愛に目覚めたというか……」
「仲良くしようよー」
ピーーン、ポーーン。
黒崎のことを抱きしめた時、インターフォンが鳴った。俺は黒崎から離れて、モニター画面の前に行った。
今夜はクリスマスイヴだ。ソワンというレストランで食事をして、イルミネーションが点灯された街並みを散歩して帰るという、普段と変わらない夜を過ごす。
黒崎がいろんなプランを立てようとしてくれたのは知っているけれど、あえて普段通りがいいと頼んだ。2日間の休みが取れたからこそ、ゆっくり過ごしてもらいたい。3月末からは新しい体制で働くから、スケジュールにほとんど余裕が無いだろう。賑やかなスポットには、お互いに足が向かないのも理由だ。
朝ごはんの片づけを終えて、布きんでシンクをふき取った。この布きんは同じ階に住んでいる細川さんからのおすすめだ。我が家のマストアイテムになった。だんだんと生活感が出てきたキッチンなのに、春になると引っ越ししなければならない。寂しいと思った。黒崎も同じだと言っていた。その彼は今、リビングで新聞を読んでいる。そして、たまにボールを転がしては、アンと遊んであげている。
「黒崎さーん。珈琲を飲む?」
「飲みたい。手伝わなくて構わないか?」
「手伝ってよ。コーヒーメーカーの使い方をレクチャーしたいし」
黒崎が家事を覚えようと、チャレンジしている。手先が器用だし物の扱いが丁寧なのに、どういうわけか家事となると不器用になる。お茶の葉をまき散らし、お鍋で卵を沸かすと吹きこぼれる。どうしてそうなるのか分からないぐらいに散らかったこともある。本人が落ち込まないのがよかった。でも、効率が悪いからやらないと言い出して、喧嘩になりかけたことがある。
黒崎が丁寧に珈琲豆を機械にセットして、スイッチを押した。まずは成功した。いい匂いが漂ってきた頃、出来上がりの音が鳴った。用意してあるカップに注ぎ入れ、リビングへ持って行った。これで褒めると完了だ。
「黒崎さん。さすがだね!何でも出来るから家事が苦手でもOKだよ。でも、カッコいい姿を見たいんだ。美味しそうな珈琲だね~。んん、美味しい」
「そうか?」
「そうだよ!」
「……美味い珈琲だ。これは新しい豆か?」
「うん。先週行ったカフェで買ったやつだよ。あんたが美味しいって話したやつ」
「どうりで。他にも何種類かあったな?」
「うん、5種類は置いていたよ。また行こうよ。リブレの近くだし。あのパンケーキが美味しかったな~」
「今夜はクリスマスディナーだ。この間のように、スイーツを食べ過ぎるな」
「う……。忘れろよ~っ」
「忘れたくても忘れられない」
「ふふん。物忘れが激しい人なのにね。あんたの記憶に焼き付けることが出来たことを光栄に思うよ」
「……おい」
「……聞き流してよ」
俺が好きな和食店、鹿やで食事をした日のことだ。出かける前に、細川さんから貰った和菓子とスコーンが美味しくて、たくさん食べてしまった。その結果、一番の楽しみの茶わん蒸しが入らなかった。泣く泣く、黒崎に食べてもらったわけだ。分かっているのに止まらなかった。
今日の午前にお菓子が届くから、事前に釘を刺したのだろう。お義父さんからのクリスマスの贈り物だ。何十年ぶりかにプレゼント選びをするから、一か月前から心が躍ると話していた。デパートでお菓子を選んで送ってくれる。自分で買いに行くのも珍しいそうだ。秘書さんの付き添いなしで。
「9時半に届くと聞いているぞ」
「どうして、その時間なのかな?宅急便だもん。時間の幅があるのにね?」
「あの親父の考えていることだ。何かあるだろう」
黒崎が眉間に皺を寄せて、ため息をついた。けっして仲のいい親子ではない。ごく普通の会話をしたことすらないらしい。これから関係を作る。気軽に電話ができるようになりたいと、お互いが話をしている。俺に対してだ。
「……俺は隆さんが好きなんだ。優しくて面白いよ?もっと話してよ。昔の姿は知らないけど、ホテルスタッフさんと笑っていたじゃん。冗談を飛ばしたし」
「お前が一緒にいたからだ。怖がらせたくないし、少しでも打ち解けてもらいたい。それだけ可愛がっているということだ。……受験が終わった後、遊びに連れ出すつもりだ。ショッピングモールへ行きたいそうだ」
「うんっ。行く機会がなかったから、楽しみにしているそうだよ。何かショーをやっていたらいいけど。せっかくだし……」
「やっと父親らしくなったというか、父性愛に目覚めたというか……」
「仲良くしようよー」
ピーーン、ポーーン。
黒崎のことを抱きしめた時、インターフォンが鳴った。俺は黒崎から離れて、モニター画面の前に行った。
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