アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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 目を覚ますと、部屋の中にいた。まだ寝ぼけている。寝転んだままで夢の様子を思い出すようにした。男の子達はどうなっただろう。たしか、お爺さんが迎えに来たはずだ。

「どこだろう……」
「夏樹」
「ん?」

 そっと目を開くと、黒崎がそばにいて、微笑んでいた。視線を巡らせても、男の子達とお爺さんがいない。そして、だんだんと体の感覚が戻って来て、さっきの光景は、やっぱり夢だったのだと実感した。
 
「……ただいま。何か夢を見ていただろう?」
「……うん。俺達に似ている子が出て来たんだ。片方が絵本のストーリーを書いて、もう片方が挿絵を描く約束をしているそうだよ」

 まだ頭がぼんやりしている。黒崎がTシャツに着替えていたから、しばらく前に帰っていたようだ。窓の外は真っ暗だ。今から月食に間に合うだろうか。起き上がろうとすると、黒崎が俺のことを抱きかかえるようにして座らせてくれた。

「黒崎さん……。子供の頃に、絵とピアノの両方を習っていた?夢に出てきた子が話していたんだ」
「いや、ピアノだけだ。どちらかに決める必要があった」
「誰かに言われたの?」
「俺がそう決めていた。二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉がある」
「あ……」

 あの男の子は、黒崎の本当の気持ちを表していたのかもしれない。自分で決めたと言っているが、そうではないと思う。だんだん夢の内容が薄れてきたから、うまく言葉にすることが出来ない。
 
「あのさ。夢を見ていたんだ。ウサギの御使いが現れたんだよ。桜の木の下で、ウサギを連れた男の子に会ったんだ。ピアノと絵の両方を習いたいけど、お父さん達から一つに決めて頑張りなさいって言われたそうだよ。でも、男の子の友達が出てきて、その子に、頑張ることと、欲張りは違う意味だよって言っていたんだ。……ピアニストになりたい夢を諦めていないんだよね。でも、会社経営もしたいんだよね。……お爺さんになった時に、両方が叶えられているかもしれないよ。やってみたらどうかな?」
「そうか。会いに来たのか……」
「どういうこと?」

 黒崎が笑い声を立てて、大きな紙袋を持って来た。その中からは、ウサギのヌイグルミが出てきた。クリーム色の毛並みをしていて、長い耳が垂れている。まるで笑っているかのように見えた。

「一足先に会いに来たんだろう。さすがは、おとぎの国の少年だ。……黒崎製菓の新しいマスコットキャラクターだ。シャルロットとは姉妹にしてある。俺が考えたものだ」
「ええ?」
「どうしたんだ?名前はジュリエットだ」
「えーっと……」

 黒崎が持っているのはとても可愛いヌイグルミだった。こういう可愛らしい人形を生み出す黒崎こそが、おとぎの国の少年だと思えた。心の中に住んでいるのだろう。

「黒崎さんも、おとぎの国の少年だよ。あんたは悪い魔法使いかと思っていたんだけど、実は夢のある少年だもんね。カモメの御使いも呼べたし……」
「ありがとう。ピアノのことは努力する」
「黒崎さん……」
「ウサギの御使いの友達は、桜の花の妖精だったんじゃないのか?」
「そうかもしれないね。コンビなんだって。2人でいるから、強い風が吹いても平気だって言っていたよ。俺たちと同じだねーー」

 ジュリエットを抱えたままの黒崎に抱きつくと、起きてくれて助かったと彼が言った。一緒に月食を眺めたいけれど、ゆっくり寝てほしいから、俺を起こしたくなかったそうだ。優しくなったり素っ気なくなったりと、なんて忙しい人だろう。さっそく彼の腕を引いて、バルコニーへ行った。
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