アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

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12-1 初出勤

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 3月28日、金曜日。午前5時半。

 朝ご飯の支度をしているところだ。厚焼き玉子が焼き上がり、皿の上に移した。今朝の朝ごはんは、和洋ミックスだ。まだ新しいキッチンに慣れていない。使い勝手が違うから、今までと同じ支度をしていても手間取っている。

(遅くなるわけにはいかないもんね。急ごうっと……)

 今日は黒崎の初出勤日だ。役員の就任式典も控えている。グループ内外の企業から人が訪ねて来て、慌ただしくなるそうだ。終業時間まで続くだろうと話していた。

 これからは土日祝が定休になるから、黒崎の体が楽になるだろうか。今までと同じく会食で遅くなるし出張も多い。でも、しっかり休めるはずだと、黒崎が言っていた。

 部長以上は、休日のゴルフや集まりには参加しない。仕事とプライベートの差が曖昧で、効率が下がるデメリットしかないからと、15年前に出来たルールだ。強制はしてないそうだ。

(いい会社だと思う。うちのお父さん、ゴルフの付き合いがあるもんな……)

 父がやっている小さな事務所でも付き合いがあるぐらいだ。大所帯の黒崎製菓は大変だと思ったけれど、その反対だと分かった。どんな箱でも、蓋を開けないと分からない例だった。

 するとその時だ。バスルームから物音がした。黒崎が裸の上半身を拭きながら、キッチンへ入って来た。俺と暮らし始めた時は裸で歩き回ることは少なかったのに、ここのところ毎日だ。リビングで服を脱ぎ散らかす様にもなった。リラックスしている証だ。

「黒崎さん、おはよう」
「おはよう。厚焼き玉子か。美味そうだ」

 背後から腕を回されて、耳元と首筋へキスをされた。そして、優しく抱きしめていたはずの手が、すけべ親父風に変化し、腰をなで始めた。紳士的な人は、どこに行ったのだろうか。

「こら、支度が出来ないからーー」
「叩けないだろう……」

 ちょうど、晩ご飯の下ごしらえもしている。ボールの中には、鶏肉、片栗粉、配合した調味料が入っている。唐揚げの材料だ。片栗粉を握り込んだ手では反撃できない。

「ふうん。手は出せなくても、こっちがあるよっ」

 足先で軽く蹴ってやった。すぐに黒崎が足首を掴んだから、バランスが保てなくなり、グラッと体が揺れた後、抱きとめられた。

「意地悪するなよ~」
「後ろ足で蹴るとは、本当にウサギだ。エプロンと同じだ」
「これは動きづらいよ。今までのやつがいい」

 ついこの間だった。黒崎と一緒に電車で大学へ行った帰り道のことだ。このアイランド内のショップへ寄った。今日着ているエプロンは、その店で買ったエプロンだ。クラシカルなデザインで、まるで絵本に出てきそうなものだ。他にも、動物のモチーフが着いている物も買った。トラのエプロン、トラ足のスリッパ、ネコ足のスリッパ等がある。全部黒崎が選んだ物だ。

「今日から頑張って来る。そう言わないでくれ」
「分かったよ~。食べ終わってから、スーツに着替えるよね?」
「ああ、そうする」
「ジンクス通りに、シャツとネクタイを選んでくるよ」

 これは俺の大事な役目だ。両手をしっかりと洗った後、寝室へと向かった。
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