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午前11時。
今、自分のオフィスにいる。この20階のフロアには、営業企画部と役員室のオフィスがある。役員室にはドアが存在しない。入社する条件として、役員室を変更させたからだ。
先月までは、役員室として、エグゼクティブデスクに、深々とした応接ソファーを備えた重厚感のある個室が並んでいた。それでは社員が緊張し、足が遠のき、重要な情報が役員まで上がって来なくなる恐れがあった。社員が自由に訪れ、その場で話ができるという合理性と効率性を求めた結果だ。つまりは、俺達役員の姿が、営業企画部の社員には丸見えということだ。
隣り合う役員同士のデスクは、ガラスパネルを使用している。遮音が可能だ。機密情報を話す際には打ち合わせ用の個室に入る。同じフロア内にある。社員が自由に利用できるカフェスペースも作った。
今回の俺からの提案を、会社社側が全て受け入れてくれた。社内には不平の声が上がっただろうが、歓迎する声もあったはずだ。カフェスペースは好評だったようで、今朝も利用している社員達の姿を見かけた。
「常務。明日の予定ですが……」
「ああ……」
デスクの傍らに早瀬が立ち、スケジュール調整の打ち合わせを始めた。2週間のみ俺の秘書を務め、新しい部署への配属となる。同じフロアにある、マーケティング推進室の室長のポストへ就く予定だ。黒崎ホールディングスでは、秘書をする前は、経営企画等の部署で勤務していた。やっと秘書業から解放されると言って、早瀬から喜ばれた。
手元の資料を読み、営業企画部内の社員の経歴を頭に入れた。これから対面したい男性社員がいる。早瀬の部下になる、マーケティング推進室の枝川幸也という。27歳だ。
先日、伊吹から打ち明けられた。枝川から、伊吹の恋人である桜木聡太郎へ恋愛感情を寄せられていることを。バイト先へ何度も訪ねては誘いをかけているそうだ。恋人の存在を知っているにも関わらずだ。伊吹から何かを頼まれたわけではないし、俺の方からも約束していない。しかし、話を聞いた以上、何かをしなければならないだろう。
(初仕事が伊吹君の関係か……)
枝川は真面目な男だ。仕事の効率がよく、実績も出している。ただし不平不満が多く、好かれるタイプではないようだ。だからこそ、いい人材だと言える。さっそく指示を出すために、枝川を呼んだ。呼ばれた枝川の方は不安そうな顔をしていた。早瀬が微笑み返しをすると、彼の表情が和らいだ。
「黒崎常務、早瀬室長、失礼いたします!」
「突然すまない。君に見せたいものがある」
「はい……。え……」
見せたのはデジタルフォトフレームだ。夏樹と伊吹が写ったものを表示させると、枝川の表情が強張った。まさか知り合いだとは。そういう顔をしている。彼に、二人が兄弟だと伝えた。
「中山伊吹君を知っているか?」
「はい」
「僕のパートナーの兄だ」
「そうだったんですね」
「伊吹君の恋人の桜木聡太郎君へ声をかけただろう?デートの誘いだそうだな」
「はい。好きになったので。最初は恋人がいるとは知らずに……」
「そうだったのか」
「あの……。ああ、すみません……」
「そうか。しつこく声をかけたのか?」
「はい。どうしても諦めきれませんでした。桜木君がインターンシップに来るので、チャンスがあるかと思っていました。今は諦めました」
「……その反応がよくない」
「……はい?」
「オーバーリアクションで切り抜けろ」
「は、はあ……。具体的な例で言いますと……」
「そうだな。君にはリアクションは似合わない。……今日は仕事を頼みたい。歓迎会までに、僕のあだ名を考案して、広めておくように」
「はい!良いイメージのものを考案します」
「悪いもので頼む」
「は、はあ……」
「君の得意分野のはずだ。上司への不満が多い。すぐに思いつくだろう。後輩の平田君とは正反対のタイプだ。『不満たらたら』の部類だな」
「あの……」
ここまで言えば、本音が顔に出るだろう。予想どおりに、枝川が俺のことを見つめ返して来た。この度胸が気に入った。隠すことなく笑いかけると、後ずさりをされた。物怖じされるのは勿体ないと思った。
「そのリアクションを隠すな。表情を表に出す方がいい。人懐っこい性格をしているはずだ」
「……ありがとうございます。悪いイメージの理由は?」
「嫌われたいからだ。上司が悪者になれば、部下が連帯感を持つ。1分以内に考案して、5分以内に、20人に広めろ。スタートだ。戻ってよし」
「……は、はい?」
「10秒経過だ。出来ないことを披露するのか?」
「かしこまりました!」
枝川が頭を下げた後、マーケティング推進室のデスクへ向かった。3人の同僚へ何かを話している。それぞれが顔を引きつらせているようだ。そこでの会話を終え、次のグループへ向かっている。俺のあだ名を広めているのだろう。
(早いな……)
枝川が見込みのある男だと分かった。どんなあだ名が付けられただろうか。午後には判明するだろう。楽しみだ。そう思いながら、資料に目を通し始めた。
今、自分のオフィスにいる。この20階のフロアには、営業企画部と役員室のオフィスがある。役員室にはドアが存在しない。入社する条件として、役員室を変更させたからだ。
先月までは、役員室として、エグゼクティブデスクに、深々とした応接ソファーを備えた重厚感のある個室が並んでいた。それでは社員が緊張し、足が遠のき、重要な情報が役員まで上がって来なくなる恐れがあった。社員が自由に訪れ、その場で話ができるという合理性と効率性を求めた結果だ。つまりは、俺達役員の姿が、営業企画部の社員には丸見えということだ。
隣り合う役員同士のデスクは、ガラスパネルを使用している。遮音が可能だ。機密情報を話す際には打ち合わせ用の個室に入る。同じフロア内にある。社員が自由に利用できるカフェスペースも作った。
今回の俺からの提案を、会社社側が全て受け入れてくれた。社内には不平の声が上がっただろうが、歓迎する声もあったはずだ。カフェスペースは好評だったようで、今朝も利用している社員達の姿を見かけた。
「常務。明日の予定ですが……」
「ああ……」
デスクの傍らに早瀬が立ち、スケジュール調整の打ち合わせを始めた。2週間のみ俺の秘書を務め、新しい部署への配属となる。同じフロアにある、マーケティング推進室の室長のポストへ就く予定だ。黒崎ホールディングスでは、秘書をする前は、経営企画等の部署で勤務していた。やっと秘書業から解放されると言って、早瀬から喜ばれた。
手元の資料を読み、営業企画部内の社員の経歴を頭に入れた。これから対面したい男性社員がいる。早瀬の部下になる、マーケティング推進室の枝川幸也という。27歳だ。
先日、伊吹から打ち明けられた。枝川から、伊吹の恋人である桜木聡太郎へ恋愛感情を寄せられていることを。バイト先へ何度も訪ねては誘いをかけているそうだ。恋人の存在を知っているにも関わらずだ。伊吹から何かを頼まれたわけではないし、俺の方からも約束していない。しかし、話を聞いた以上、何かをしなければならないだろう。
(初仕事が伊吹君の関係か……)
枝川は真面目な男だ。仕事の効率がよく、実績も出している。ただし不平不満が多く、好かれるタイプではないようだ。だからこそ、いい人材だと言える。さっそく指示を出すために、枝川を呼んだ。呼ばれた枝川の方は不安そうな顔をしていた。早瀬が微笑み返しをすると、彼の表情が和らいだ。
「黒崎常務、早瀬室長、失礼いたします!」
「突然すまない。君に見せたいものがある」
「はい……。え……」
見せたのはデジタルフォトフレームだ。夏樹と伊吹が写ったものを表示させると、枝川の表情が強張った。まさか知り合いだとは。そういう顔をしている。彼に、二人が兄弟だと伝えた。
「中山伊吹君を知っているか?」
「はい」
「僕のパートナーの兄だ」
「そうだったんですね」
「伊吹君の恋人の桜木聡太郎君へ声をかけただろう?デートの誘いだそうだな」
「はい。好きになったので。最初は恋人がいるとは知らずに……」
「そうだったのか」
「あの……。ああ、すみません……」
「そうか。しつこく声をかけたのか?」
「はい。どうしても諦めきれませんでした。桜木君がインターンシップに来るので、チャンスがあるかと思っていました。今は諦めました」
「……その反応がよくない」
「……はい?」
「オーバーリアクションで切り抜けろ」
「は、はあ……。具体的な例で言いますと……」
「そうだな。君にはリアクションは似合わない。……今日は仕事を頼みたい。歓迎会までに、僕のあだ名を考案して、広めておくように」
「はい!良いイメージのものを考案します」
「悪いもので頼む」
「は、はあ……」
「君の得意分野のはずだ。上司への不満が多い。すぐに思いつくだろう。後輩の平田君とは正反対のタイプだ。『不満たらたら』の部類だな」
「あの……」
ここまで言えば、本音が顔に出るだろう。予想どおりに、枝川が俺のことを見つめ返して来た。この度胸が気に入った。隠すことなく笑いかけると、後ずさりをされた。物怖じされるのは勿体ないと思った。
「そのリアクションを隠すな。表情を表に出す方がいい。人懐っこい性格をしているはずだ」
「……ありがとうございます。悪いイメージの理由は?」
「嫌われたいからだ。上司が悪者になれば、部下が連帯感を持つ。1分以内に考案して、5分以内に、20人に広めろ。スタートだ。戻ってよし」
「……は、はい?」
「10秒経過だ。出来ないことを披露するのか?」
「かしこまりました!」
枝川が頭を下げた後、マーケティング推進室のデスクへ向かった。3人の同僚へ何かを話している。それぞれが顔を引きつらせているようだ。そこでの会話を終え、次のグループへ向かっている。俺のあだ名を広めているのだろう。
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