89 / 283
13-1 大学へ行く日
しおりを挟む
3月31日、月曜日。午前7時。
今日は大学の入学前の手続きに行く日だ。そして、ドイツ語クラスの学生と集まり、初顔合わせをする。初めて登校するようなものだ。黒崎は仕事だから、俺一人で手続きに行く。
マンションのエントランスを黒崎と2人で出ると、車が一台停まっていた。黒崎が出勤で使っているタクシーではなく、お義父さんからの迎えだ。お義父さんは乗っていない。一昨日のことだ。お義父さんから大学へ送迎すると連絡が入ったけれど、悪いから断っていた。でも、電話の向こうでお義父さんが寂しそうにしていたから、遠慮できなかった。さっそく運転手さんへ頭を下げて挨拶した。黒崎も会社まで乗っていくことになった。
「おはようございます」
「おはようございます。よろしくお願いします」
「夏樹。何か置いてあるぞ」
「なんだろう?」
後部座席に乗り込むと、ラッピングされた箱が置いてあった。そこにはメッセージカードが付いていて、『夏樹ちゃんへ』と書かれていた。
「なんだ?」
「絵本って書いているよ」
箱を開けると、窓の外を眺めている女の子のイラストの表紙があった。ずっと探していた本だ。
「わあ……、去年から探していたやつだよ。この作家さんの本って、日本では出版されていなんだよ。ネットでも扱っていないし」
「どこで知ったんだ?」
「病院の待合室に置いてあったんだよ。病院の人に聞いたけど、誰が持ってきたのか分からないんだってさ」
「よかったな」
「うん。どうやって手に入れたのかな?海外へ行っていないもんね?」
「知り合いに頼んだのかもしれない」
「帰ってきたらお礼を言うよ」
「……」
急に黒崎が押し黙った。不思議に思って視線を向けると、分厚いファイルを手にしていた。
「これは父から俺にだ。会議の前までに目を通しておけと書いてある」
「今日なの?いきなりだね」
「10時からの会議だ」
黒崎がファイルを開いて、ページをめくり始めた。とても速いスピードだと思う。読む速さと、パソコンのキーを打ち込む速さを見る度に驚いている。それらを間近で見ていると、自分は会社勤めができるだろうかと、不安になることがある。
「黒崎さん。俺さ。就職した後、やっていけるのか心配になっているよ。テキパキしていないし。一度に2つ以上のことをするのが苦手だし。料理は平気だけど」
この気持ちを素直に口にすると、黒崎が顔を明るくさせた。そして、目を通していたファイルを差し出してきた。
「山ほど目を通す必要がある。何日も前から準備が出来ない。沢山あるからだ」
「そうだよね……」
励まされるかと思ったのに反対だった。さらにタブレットを差し出してきた。そして、目の前でいくつもの画面を展開されて見せてきた。俺は目が回りそうだ。黒崎は俺に就職させたくないのが本音だ。こうして見せてきて、諦めさせようとしている。今回は冗談だと思う。黒崎が微笑んでいるからだ。
「これと、これ。これも今朝の分だ。今日の会議での指標は……。決算の……、IRが……」
「黒崎さーーん。俺のことをいじめるなよ」
「まだあるぞ」
「こうやって悩んでも先に進まないね。自分で本を読んで対策を考えるよ。いろいろ出ているもんね?」
「読まなくて構わない。俺が教える」
「あ、ありがとう。まずはどんな事を……」
「まずは、現実から話してやる」
そう予告されたとおり、黒崎から聞かされた内容はハードなものだと感じた。社会に出ることは大変なことだと思った。不安が増して俯いていると、優しく抱き寄せられた。
「急がなくてもいい。お前はそのままでいい」
「そういうわけには……」
「俺にまかせておけ。今日は気をつけろ」
「うん。ラインを入れるよ」
「森本君とは途中で別れるだろう。今日は聡太郎君が付き添ってくれるだろう?」
「うん。予定通りだよ。もしかしたら、久田君を紹介してもらえるかも。久田君もドイツ語を選択したそうだよ。今日、同じクラスの子で集まるんだ。聡太郎君もドイツ語出身だから、集まりを手伝うそうだよ」
「それなら安心だ。何も心配するな。バンドメンバーでは集まらないのか?」
「近いうちに集まるそうだよ」
「楽しみだな」
「うん。あ、着いたよ」
するとその時だ。車が大きなビルの前に停まった。黒崎製菓の本社前へ到着だ。黒崎が上機嫌で降りて行った。その後姿は機嫌が良さそうで、足取りが弾んだものに感じた。俺も頑張ろうと思った。
今日は大学の入学前の手続きに行く日だ。そして、ドイツ語クラスの学生と集まり、初顔合わせをする。初めて登校するようなものだ。黒崎は仕事だから、俺一人で手続きに行く。
マンションのエントランスを黒崎と2人で出ると、車が一台停まっていた。黒崎が出勤で使っているタクシーではなく、お義父さんからの迎えだ。お義父さんは乗っていない。一昨日のことだ。お義父さんから大学へ送迎すると連絡が入ったけれど、悪いから断っていた。でも、電話の向こうでお義父さんが寂しそうにしていたから、遠慮できなかった。さっそく運転手さんへ頭を下げて挨拶した。黒崎も会社まで乗っていくことになった。
「おはようございます」
「おはようございます。よろしくお願いします」
「夏樹。何か置いてあるぞ」
「なんだろう?」
後部座席に乗り込むと、ラッピングされた箱が置いてあった。そこにはメッセージカードが付いていて、『夏樹ちゃんへ』と書かれていた。
「なんだ?」
「絵本って書いているよ」
箱を開けると、窓の外を眺めている女の子のイラストの表紙があった。ずっと探していた本だ。
「わあ……、去年から探していたやつだよ。この作家さんの本って、日本では出版されていなんだよ。ネットでも扱っていないし」
「どこで知ったんだ?」
「病院の待合室に置いてあったんだよ。病院の人に聞いたけど、誰が持ってきたのか分からないんだってさ」
「よかったな」
「うん。どうやって手に入れたのかな?海外へ行っていないもんね?」
「知り合いに頼んだのかもしれない」
「帰ってきたらお礼を言うよ」
「……」
急に黒崎が押し黙った。不思議に思って視線を向けると、分厚いファイルを手にしていた。
「これは父から俺にだ。会議の前までに目を通しておけと書いてある」
「今日なの?いきなりだね」
「10時からの会議だ」
黒崎がファイルを開いて、ページをめくり始めた。とても速いスピードだと思う。読む速さと、パソコンのキーを打ち込む速さを見る度に驚いている。それらを間近で見ていると、自分は会社勤めができるだろうかと、不安になることがある。
「黒崎さん。俺さ。就職した後、やっていけるのか心配になっているよ。テキパキしていないし。一度に2つ以上のことをするのが苦手だし。料理は平気だけど」
この気持ちを素直に口にすると、黒崎が顔を明るくさせた。そして、目を通していたファイルを差し出してきた。
「山ほど目を通す必要がある。何日も前から準備が出来ない。沢山あるからだ」
「そうだよね……」
励まされるかと思ったのに反対だった。さらにタブレットを差し出してきた。そして、目の前でいくつもの画面を展開されて見せてきた。俺は目が回りそうだ。黒崎は俺に就職させたくないのが本音だ。こうして見せてきて、諦めさせようとしている。今回は冗談だと思う。黒崎が微笑んでいるからだ。
「これと、これ。これも今朝の分だ。今日の会議での指標は……。決算の……、IRが……」
「黒崎さーーん。俺のことをいじめるなよ」
「まだあるぞ」
「こうやって悩んでも先に進まないね。自分で本を読んで対策を考えるよ。いろいろ出ているもんね?」
「読まなくて構わない。俺が教える」
「あ、ありがとう。まずはどんな事を……」
「まずは、現実から話してやる」
そう予告されたとおり、黒崎から聞かされた内容はハードなものだと感じた。社会に出ることは大変なことだと思った。不安が増して俯いていると、優しく抱き寄せられた。
「急がなくてもいい。お前はそのままでいい」
「そういうわけには……」
「俺にまかせておけ。今日は気をつけろ」
「うん。ラインを入れるよ」
「森本君とは途中で別れるだろう。今日は聡太郎君が付き添ってくれるだろう?」
「うん。予定通りだよ。もしかしたら、久田君を紹介してもらえるかも。久田君もドイツ語を選択したそうだよ。今日、同じクラスの子で集まるんだ。聡太郎君もドイツ語出身だから、集まりを手伝うそうだよ」
「それなら安心だ。何も心配するな。バンドメンバーでは集まらないのか?」
「近いうちに集まるそうだよ」
「楽しみだな」
「うん。あ、着いたよ」
するとその時だ。車が大きなビルの前に停まった。黒崎製菓の本社前へ到着だ。黒崎が上機嫌で降りて行った。その後姿は機嫌が良さそうで、足取りが弾んだものに感じた。俺も頑張ろうと思った。
0
あなたにおすすめの小説
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
悠と榎本
暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか
そいつの事を 無意識に探してしまう
見ているだけで 良かったものの
2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
純白のレゾン
雨水林檎
BL
《日常系BL風味義理親子(もしくは兄弟)な物語》
この関係は出会った時からだと、数えてみればもう十年余。
親子のようにもしくは兄弟のようなささいな理由を含めて、少しの雑音を聴きながら今日も二人でただ生きています。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる