アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
109 / 283

16-1 夏樹の誕生日

しおりを挟む
 4月19日、木曜日。22時。

 今日は黒崎が遅く帰ってきた。会食があったからだ。お腹が空いていると言うから、夜食を用意した。あっさりした具材のサンドイッチ、お茶漬け、お漬物、厚焼き玉子だ。そして、小さめの土鍋を置いた。出汁の香りが、ふんわりと漂った。湯豆腐だ。

 柑橘系のボディーソープの匂いがした後、黒崎がダイニングに入って来た。Tシャツを着て、タオルで首筋を拭いている。濡れた髪の毛と上気した肌からは色気が漂っている。ドキッとした。つい顔が赤くなったのは、湯豆腐からの湯気のせいだということにした。

「夏樹、どうして赤くなっているんだ?」
「湯気のせいだよ……。ん……っ」

 キッチンへ逃げようとする前に、腰を抱かれて引き寄せられた。咄嗟に胸元を押すと、手首を掴まれて笑われた。軽いキスで終わったのは、明日の予定があるからだ。

「もう……」
「我慢しておく。湯豆腐も用意してくれたのか。美味そうだ」
「うん。俺も食べるよ。就任祝いの中に、”穂のか”の出汁セットがあったんだよ。深川さんからだよ」
「料理が好きだからな。お前の話を聞いて、他にも勧めたいものがあるから持ってくると言っていた」
「楽しみだよ。鮭フレークも美味しかったよ。大きな違いがあるよ」
「お前に会いたがっていた。落ち着いたらオフィスへ連れて行く」
「俺も会いたいよ。明日のお返し選び、楽しみだね」
「いいのか?せっかくの誕生日なのに、用事に付き合わせて」
「あんただって、俺の病院に付き合ってくれるんだし」
「それは当然のことだ」

 明日、俺は19歳の誕生日を迎える。心臓の検診後、クルーズ船で食事をして宿泊することになった。1泊2日の旅行だ。その前に、大事な場所へ行くことにした。拓海お兄さんのお墓参りだ。お墓は都内にある。お義父さんも一緒に行くものだと思っていたら、毎年一人で行っているから、今年もそうするそうだ。そう言っていたから、何度も誘わないことにした。拓海さんとの大切な時間だと思ったからだ。

 黒崎が湯豆腐を口に運び、美味いと言って笑った。どうやら豆腐が気に入ったようだ。黒崎は豆腐にうるさくて、スーパーで買う時はあれやこれやと指図してくる。こっちは価格と味を吟味して選んでいるのに、このメーカーがいいと言って譲らない。彼はいつも高級豆腐を選ぶ。普段使いをするには、俺としては手が伸びない。

 黒崎が厚焼き卵を食べた。すると、卵を見て不思議そうな顔をした。いつも使っている卵が売り切れだったから、今日は違う卵を買ってきて使ったからだろう。

「いつもの卵じゃないな」
「うん。売り切れていたよ。雑誌で紹介された翌日だったからさ。我慢して食べてよ。これでも良いやつを選んだんだよ?359円だったよ。いつもの卵は398円だし。大して差がないからいいかなって……」
「価格で選ぶな。生産者とメーカーだ」
「吟味した結果だよ」
「このネギは?」
「スーパーのやつだよ。うちの家庭菜園で収穫したやつじゃないよ」
「収穫には日がかかりそうか?」
「あと3日ぐらいだよ」
「そうか。明日、買いに行こう。いい物を選べ」
「あのねえ。ちょっとぐらいは我慢しろよ~」
「食事は大事なんだぞ?」
「分かっているよ。でもさ~」

 いつもの言い合いが始まろうとしたら、黒崎が口をつぐんだ。するとその時だ。付けっぱなしにしていたテレビから、ニュースが流れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎
ファンタジー
うちのお嬢様は絶対におかしい。 「道路やばくない? 整備しよ」 「孤児院とか作ったら?」 「困ってる人助けるのなんか当たり前っしょ」 貴族令嬢らしからぬ口調で突拍子もない提案を次々とぶつけてくるお嬢様、レティシア・リオネール。執事の俺、クラウスは今日も彼女の無茶振りに振り回される。 不思議なことに、お嬢様の理想論は必ず実現し効果を発揮する。 孤児院は完成し、医療制度は整い、領地は驚異的に発展していく。 元勇者の伯爵様、脳筋騎士団長、くのいちメイド長、双子の妹たち―― 濃すぎる面々に囲まれながら、俺は今日もお嬢様の思いつきを形にしていく。 気づけば、振り回されることに悦びを感じ始めている俺はもう手遅れかもしれない。 R8.1.20 投稿開始

悠と榎本

暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか そいつの事を 無意識に探してしまう 見ているだけで 良かったものの 2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

純白のレゾン

雨水林檎
BL
《日常系BL風味義理親子(もしくは兄弟)な物語》 この関係は出会った時からだと、数えてみればもう十年余。 親子のようにもしくは兄弟のようなささいな理由を含めて、少しの雑音を聴きながら今日も二人でただ生きています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...