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17-1 夏樹のお使い
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4月25日、木曜日。午前11時。
黒崎製菓本社ビルの前に立っている。正面エントランスからは、スーツを着た人達が出入りしている。慌ただしく歩いている人や、電話を掛けたりしている人が通り過ぎて行った。
気後れしながらロビーへ入った。今日は浅草&大阪ミックスカジュアルではなく、黒崎が選んだ服を着ている。オフィスへのお使いの為に。
どうして俺がここに居るかというと、ほんの一時間前のことがきっかけだった。リビングの掃除をしていると、黒崎から電話が掛かってきた。今日の会議資料を忘れてきたという話だった。秘書に取りに行かせるから渡してくれと言われた。そこへ、深川さんの声が入った。せっかくだから、一階のカフェを楽しんでもらったら?と。そういうわけで、ここへ書類を届けに来たわけだ。
「ここの20階か。受付の人に声をかけて、早瀬さんを呼び出すのか」
ロビーを歩いて行くと、受付カウンターを見つけた。先客がいたから後ろの方で待っていると、俺のことに気づいた受付の社員さんが、奥へ声を掛けた。そして、別の人がやって来た。受付で名乗る名前は『黒崎』にするように、黒崎から言われている。
「お待たせしました」
「お世話になっています。黒崎と申します。早瀬さんをお願いします」
「かしこまりました。掛けてお待ちください」
「はい」
いくつかソファーがあり、勧められるままに腰かけた。周りを眺めると、カフェの看板が見えた。『Charlotte's kitchen』だ。スーツケースを引いている女性達が入って行く。観光客のようだ。
「ここにしか店舗がないもんね。お土産のスイーツ、美味しかったな。今日はここのサンドイッチを食べよう。スープも美味しそうだな」
昼ご飯のことを思い巡らせていると、向かいのソファーから視線を感じた。顔を向けると、黒崎より年下に見える男性が座っていた。睨みつけるわけでも、笑顔でもない。ぼーっとして見つめられていた。そして、俺からの視線に、男性が気づき、声を掛けてきた。
「……大学生?インターンシップの関係なのかな?」
「いえ、違います」
「受付に声をかけていたね。僕が案内しようか?」
「……お構いなく」
「何か届けに来たんだろう?カフェの方を見ていたね。終わったら入ろうよ。さあ、案内するよ。早く用事が終わった方がいいよね」
「……いえ。お構いなく」
「どこかで会ったことがあるんだよ。話しているうちに、思い出せると思う」
「人違いです」
怪しい人がいたら受付の人が警戒するだろうから、男性はここの社員だと思う。ここへ来た理由を話そうとすると、彼がソファーから立ち上がり、俺の前まで来た。俺も立ち上がりながら、黒崎の名前を出そうとした。
「黒……」
「おまたせ」
耳元で聞き覚えのある、低い声が響いた。肩に置かれた手の重みに安心できた。男性の顔が引きつったから、黒崎の顔が怒っているのかも知れないと思った。そして、黒崎が男性に声をかけた。知っている人のようだ。
「この子と知り合いなのか?」
「いえ。知り合いに似ていたので。人違いでした」
「枝川。嘘が下手だぞ。俺のパートナーだ。飲み会の時に、写真を見逃していたのか?」
「あ、えーっと……」
「書類を届けに来た。それが理由だ。枝川、午後にな」
「はいっ」
「さあ、行くぞ」
「うん……」
男性は黒崎の部下だという話だった。そして、早瀬さんの代わりに黒崎が来たということだった。その黒崎から促されて、エレベーター前に行った。すでに5人が待っていた。彼の姿を見るなり、左右に広がった。遠巻きに見られているのかと心配になったが、その反対だった。好意的な眼差しをしていた。さっそくモテているようだ。
(面白くないけど。仕事がうまくいっているなら良かった……)
黒崎から背中に添えられている手が優しくて、嬉しくなった。そして、到着したエレベーターに乗り込み、彼のオフィスのある、20階へ向かった。
黒崎製菓本社ビルの前に立っている。正面エントランスからは、スーツを着た人達が出入りしている。慌ただしく歩いている人や、電話を掛けたりしている人が通り過ぎて行った。
気後れしながらロビーへ入った。今日は浅草&大阪ミックスカジュアルではなく、黒崎が選んだ服を着ている。オフィスへのお使いの為に。
どうして俺がここに居るかというと、ほんの一時間前のことがきっかけだった。リビングの掃除をしていると、黒崎から電話が掛かってきた。今日の会議資料を忘れてきたという話だった。秘書に取りに行かせるから渡してくれと言われた。そこへ、深川さんの声が入った。せっかくだから、一階のカフェを楽しんでもらったら?と。そういうわけで、ここへ書類を届けに来たわけだ。
「ここの20階か。受付の人に声をかけて、早瀬さんを呼び出すのか」
ロビーを歩いて行くと、受付カウンターを見つけた。先客がいたから後ろの方で待っていると、俺のことに気づいた受付の社員さんが、奥へ声を掛けた。そして、別の人がやって来た。受付で名乗る名前は『黒崎』にするように、黒崎から言われている。
「お待たせしました」
「お世話になっています。黒崎と申します。早瀬さんをお願いします」
「かしこまりました。掛けてお待ちください」
「はい」
いくつかソファーがあり、勧められるままに腰かけた。周りを眺めると、カフェの看板が見えた。『Charlotte's kitchen』だ。スーツケースを引いている女性達が入って行く。観光客のようだ。
「ここにしか店舗がないもんね。お土産のスイーツ、美味しかったな。今日はここのサンドイッチを食べよう。スープも美味しそうだな」
昼ご飯のことを思い巡らせていると、向かいのソファーから視線を感じた。顔を向けると、黒崎より年下に見える男性が座っていた。睨みつけるわけでも、笑顔でもない。ぼーっとして見つめられていた。そして、俺からの視線に、男性が気づき、声を掛けてきた。
「……大学生?インターンシップの関係なのかな?」
「いえ、違います」
「受付に声をかけていたね。僕が案内しようか?」
「……お構いなく」
「何か届けに来たんだろう?カフェの方を見ていたね。終わったら入ろうよ。さあ、案内するよ。早く用事が終わった方がいいよね」
「……いえ。お構いなく」
「どこかで会ったことがあるんだよ。話しているうちに、思い出せると思う」
「人違いです」
怪しい人がいたら受付の人が警戒するだろうから、男性はここの社員だと思う。ここへ来た理由を話そうとすると、彼がソファーから立ち上がり、俺の前まで来た。俺も立ち上がりながら、黒崎の名前を出そうとした。
「黒……」
「おまたせ」
耳元で聞き覚えのある、低い声が響いた。肩に置かれた手の重みに安心できた。男性の顔が引きつったから、黒崎の顔が怒っているのかも知れないと思った。そして、黒崎が男性に声をかけた。知っている人のようだ。
「この子と知り合いなのか?」
「いえ。知り合いに似ていたので。人違いでした」
「枝川。嘘が下手だぞ。俺のパートナーだ。飲み会の時に、写真を見逃していたのか?」
「あ、えーっと……」
「書類を届けに来た。それが理由だ。枝川、午後にな」
「はいっ」
「さあ、行くぞ」
「うん……」
男性は黒崎の部下だという話だった。そして、早瀬さんの代わりに黒崎が来たということだった。その黒崎から促されて、エレベーター前に行った。すでに5人が待っていた。彼の姿を見るなり、左右に広がった。遠巻きに見られているのかと心配になったが、その反対だった。好意的な眼差しをしていた。さっそくモテているようだ。
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