アイアンエンジェル~あの日の旋律

夏目奈緖

文字の大きさ
121 / 283

17-1 夏樹のお使い

しおりを挟む
 4月25日、木曜日。午前11時。

 黒崎製菓本社ビルの前に立っている。正面エントランスからは、スーツを着た人達が出入りしている。慌ただしく歩いている人や、電話を掛けたりしている人が通り過ぎて行った。

 気後れしながらロビーへ入った。今日は浅草&大阪ミックスカジュアルではなく、黒崎が選んだ服を着ている。オフィスへのお使いの為に。

 どうして俺がここに居るかというと、ほんの一時間前のことがきっかけだった。リビングの掃除をしていると、黒崎から電話が掛かってきた。今日の会議資料を忘れてきたという話だった。秘書に取りに行かせるから渡してくれと言われた。そこへ、深川さんの声が入った。せっかくだから、一階のカフェを楽しんでもらったら?と。そういうわけで、ここへ書類を届けに来たわけだ。

「ここの20階か。受付の人に声をかけて、早瀬さんを呼び出すのか」

 ロビーを歩いて行くと、受付カウンターを見つけた。先客がいたから後ろの方で待っていると、俺のことに気づいた受付の社員さんが、奥へ声を掛けた。そして、別の人がやって来た。受付で名乗る名前は『黒崎』にするように、黒崎から言われている。

「お待たせしました」
「お世話になっています。黒崎と申します。早瀬さんをお願いします」
「かしこまりました。掛けてお待ちください」
「はい」

 いくつかソファーがあり、勧められるままに腰かけた。周りを眺めると、カフェの看板が見えた。『Charlotte's kitchen』だ。スーツケースを引いている女性達が入って行く。観光客のようだ。

「ここにしか店舗がないもんね。お土産のスイーツ、美味しかったな。今日はここのサンドイッチを食べよう。スープも美味しそうだな」

 昼ご飯のことを思い巡らせていると、向かいのソファーから視線を感じた。顔を向けると、黒崎より年下に見える男性が座っていた。睨みつけるわけでも、笑顔でもない。ぼーっとして見つめられていた。そして、俺からの視線に、男性が気づき、声を掛けてきた。

「……大学生?インターンシップの関係なのかな?」
「いえ、違います」
「受付に声をかけていたね。僕が案内しようか?」
「……お構いなく」
「何か届けに来たんだろう?カフェの方を見ていたね。終わったら入ろうよ。さあ、案内するよ。早く用事が終わった方がいいよね」
「……いえ。お構いなく」
「どこかで会ったことがあるんだよ。話しているうちに、思い出せると思う」
「人違いです」

 怪しい人がいたら受付の人が警戒するだろうから、男性はここの社員だと思う。ここへ来た理由を話そうとすると、彼がソファーから立ち上がり、俺の前まで来た。俺も立ち上がりながら、黒崎の名前を出そうとした。

「黒……」
「おまたせ」

 耳元で聞き覚えのある、低い声が響いた。肩に置かれた手の重みに安心できた。男性の顔が引きつったから、黒崎の顔が怒っているのかも知れないと思った。そして、黒崎が男性に声をかけた。知っている人のようだ。
 
「この子と知り合いなのか?」
「いえ。知り合いに似ていたので。人違いでした」
「枝川。嘘が下手だぞ。俺のパートナーだ。飲み会の時に、写真を見逃していたのか?」
「あ、えーっと……」
「書類を届けに来た。それが理由だ。枝川、午後にな」
「はいっ」
「さあ、行くぞ」
「うん……」

 男性は黒崎の部下だという話だった。そして、早瀬さんの代わりに黒崎が来たということだった。その黒崎から促されて、エレベーター前に行った。すでに5人が待っていた。彼の姿を見るなり、左右に広がった。遠巻きに見られているのかと心配になったが、その反対だった。好意的な眼差しをしていた。さっそくモテているようだ。

(面白くないけど。仕事がうまくいっているなら良かった……)

 黒崎から背中に添えられている手が優しくて、嬉しくなった。そして、到着したエレベーターに乗り込み、彼のオフィスのある、20階へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

悠と榎本

暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか そいつの事を 無意識に探してしまう 見ているだけで 良かったものの 2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

純白のレゾン

雨水林檎
BL
《日常系BL風味義理親子(もしくは兄弟)な物語》 この関係は出会った時からだと、数えてみればもう十年余。 親子のようにもしくは兄弟のようなささいな理由を含めて、少しの雑音を聴きながら今日も二人でただ生きています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...